それはまるで嵐のような

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「ちょっとお前、正気かよ!?」 10年の修行を経て独立を決心した私に、彼氏である亨は冷たく言い放った。 「駅からは遠いし路地裏で分かりにくいし、こんな場所でカフェなんて無謀にも程があるだろ」 だけど長年の夢だったし、都内でそれ以上好条件の物件を借りる余裕もなく、彼の反対を押し切り開店に踏み切った。 あれから3ヶ月。 案の定お客さんの入りは悪く、経営はかなり厳しい。 しかも亨とはとても気まずくなり、このまま自然消滅して行きそうな予感。 とにかく、やれる所までやるしかないと、自分を奮い立たせた時、その人物はやって来た。 「いらっしゃ…え!?」 入口に佇んでいたのは、各メディアで引っ張りだこの、人気アイドルグループ「AIR」の一員、龍ヶ崎緑君。 「な、何で緑君がこんな所に!?」 「え?!」 しかし、彼は私よりも素っ頓狂な声を発した。 「何でって…。この店、ホームページで宣伝してるよね?」 「は、はい」 「それを見たから来たんだけど」 「い、いや、そういう事じゃなくて」 私のツッコミはスルーして、緑君はさっさとカウンター席に腰かけると、「ふわもちロールケーキセット。ホットカフェラテでね」と注文した。 それはウチの一押しスイーツ。 ホームページを見たっていうのは、どうやら本当らしい…。 戸惑いつつも、とりあえず注文の品を差し出す。 「おー!いただきます!」 改めて彼と対峙して、今さらながらにそのビジュアルに見とれた。 緑君は「近所のお兄ちゃん」的な親しみやすさで人気があるけど、こんなに小顔でスタイル抜群で尋常じゃないオーラを放つ近所のお兄ちゃんなんか見たことないわ。 やはり芸能人になるような人は、素人とは一線を画するのだなとしみじみ思う。 「超うま!幸せ~」 ハッと我に返り、言葉通り至福の表情でケーキを頬張る彼を見て、私もとても幸せな気分になった。 …お客さんのこういう顔が見たくて、私、パティシエになったんだよね。 「決めた!これからも俺ここに通う!」 「え!?」 上機嫌に発せられたその言葉に、私は再び度肝を抜かれる。 「良いよね?今度はちゃんと変装して来るからさ」 言いながら、ニカッと笑った。 ちょっぴり大きめの前歯が可愛らしくて、私もつられて笑ってしまう。 今までとは違う空気が、私を取り巻き始める。 グルグルと渦を巻き、徐々に勢いを増して行く、この心を高みへと押し上げてくれるであろう、力強い空気が。
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