百年の恋が動き出す

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「よし!最後に、新人は全員一気飲みだ!」 突然の部長の命令に、私は心底ギョッとした。 営業部の新入社員歓迎会にて。 私は4人の新人のうちの1人であり…。 つまり、一気飲みを任命されたメンバーに入ってしまっているという事だ。 「あ、あの、私、お酒は飲めません!」 右手を掲げ、必死に部長に訴えかける。 周りが嬉々としてアルコールを注文する中、若干気まずい思いを抱きながらも最初の乾杯からずっとソフトドリンクを頼み続けて来た。 しかし、その事に対して誰も突っ込みを入れてはこなかったので『そうよねー。今時、酒を強要するような人がいる訳ないよねー』と安心しきっていたというのに、最後の最後で時代錯誤にも程がある最悪なイベントが待ち構えていたとは。 「ん?何でも良いんだぞ?ワインでもカクテルでも」 「い、いえ。アルコール全般ダメなんです。昔、梅酒を一口飲んだだけで心臓が波打ってめまいに襲われて…」 「死」が頭をよぎった瞬間だった。 水をがぶ飲みして横になってたら、何とか治まったけど。 もう二度とあんな恐ろしい思いはしたくない。 「…何だよ。シラけるなー」 私が頑なに拒否したので、部長はたちまち不機嫌になった。 「我が部署の、景気付けの伝統行事なのによー。営業マンはノリが命なんだぞ?そんなんでこの先やっていけんのか?ったく、これだから女は…」 「ですよねー」 私は耳を疑った。 部長のパワハラアルハラセクハラのトリプルコンボな発言もさることながら、私と同じく新入社員で、なおかつ彼氏である筈の高橋君が、ここぞとばかりに相槌を打ったからだ。 いくら酔っていて判断能力が鈍っているからといって、普通、愛しの彼女を追い詰めるような事する!? 高橋君とは新入社員研修の時に意気投合し、そこから自然とお付き合いが始まったのだった。 第一志望の会社に無事就職できて彼氏までゲットできて、何て順風満帆な人生だろうと感激していたのに…。 ヤツの腰巾着な言動にはすこぶる幻滅したわい。 「百年の恋も冷める」って、こういう事を言うんだわね。 「いやでも、今日の会は2時間飲み放題コースなんですよ」 するとその時、幹事の近藤さんが口を挟んで来た。 「さっきの飲み物がラストオーダーだったんです。延長するとなると別料金がかかりますが、会費集め直しますか?」 「は?い、いや。別にそこまでしなくても…」 「そうですか。では、予定通りもうお開きって事で。俺、会計して来ますね」 周りに何かを言う隙を与えずに、彼はさっさと立ち上がると足早に宴会場を出て行った。 「近藤さん!」 私は慌てて後を追いかけ、レジへと繋がる通路で呼び止める。 「ありがとうございました」 「え?」 「助け船を出して下さって…」 しかも私に負担がかからないように充分に配慮して。 「いや?別に。俺が早く帰りたいだけだから。嫁が家で待ってるし」 「…近藤さん、新婚さんなんですもんね」 あくまでも私に気を使わせないよう、冗談めかした口調で返答してくれるその優しさに、思わず顔を綻ばせた。 ……同時に、ちょっとだけ胸が痛んだのは何故だろう? 今日、一つの恋が終わりを迎えた。 そして、それとは比べ物にならないくらいの、熱くて切ない感情が芽生えつつあるのを、私は秘かに感じていた。
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