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一、視線
このふたつの乳房が、私の武器だった。
まだ十八の乙女の身でも、みなと同じ海女ならばこそ褌ひとつで、寒々と青黒い海に臨み、持ち場の岩からドボンと海に潜り込んでいた。
同じ年の友達と比べてぐっと上背があったから、学生の頃こそ意地悪い男子生徒たちに大女と揶揄されたものだが、卒業して海女になればそんな声はピタリと止んだ。それどころか今は、ねっとりと蛇のように執拗な視線が、私の体へ、特に乳房の辺りへと絡みついて離さぬ有様である。
女が裸同然の姿を晒し、ことに豊かな乳房へ堂々と陽を当てるのははしたないこと。
などというのは、倫理観なる理屈が生んだ幻想ではなかろうか?
否、もし私がどこもかしこも痩せた貧相な娘だったなら、かえってみじめにこそこそと隠したのかもしれない。だが事実は一等のプロポーションを誇っていたのだから、
「いやあね。そら、またジロジロ見てる」
「ええ、ほんとう……?」
浜辺の岩陰から見え隠れする熱い視線と、その視線に毒づく友達に適当な頷きを返しながら、私は内心とくいであった。
恥じらいなるものは長い間に擦り込まれ、皆そういうものだと思い込まされているだけで、本当はイブが林檎を食んだ後でも、教育がなければ人間は生涯恥知らずである。
じっさい、始めこそ少しのためらいがあった私とて、海女の仲間がみな裸同然である中にいれば、ひとりだけ隠している方がかえって不自然で、後ろめたいような気持ちになった。
すっかり慣れてしまえば、あとは、見よこの肉体を、潮水の礫はじく乳房の張りをーーと、しゃんと背筋を伸ばすようにもなっていた。
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