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谷山七瀬は悩んでいた。恋心でさえ損得を絡ませてしまう自分が少々嫌になる。
『七瀬さんは一颯と二希、甲乙つけがたいんですよね?』
もう一週間ほど前になるか。
四谷から食事に誘われ、お洒落なレストランでフレンチを楽しんだ後、バーに繰り出し言われた一言。
谷山としては、一颯に照準を定めたつもりだった。
採用面接の時、目の覚めるようなイケメン二人を目の当たりにした。途端に何が何でもこの会社に潜り込みたいと願い、運よく入社できた際には一生分の運を使い果たしたとさえ思った。だから、これからは運に頼らず自力でなんとかしなくてはならないと、谷山は仕事も自分磨きも精一杯頑張った。
社長である小畑二希は線の細い王子様系、副社長である細谷一颯は品がありつつ粗野な部分も持つワイルド系で、どちらも谷山の好みにドンピシャだ。
谷山は悩んだ。これ以上ないほどに悩んだ。どちらかなど決められない。
とにかくどちらでもいい、どちらか片方にでも気に入られれば万々歳、そういったスタンスで二人に積極的にアプローチを仕掛けていった。
だが、二兎追うものは一兎も得ずとはよく言ったもので、二人揃ってにべもない。女を武器に色仕掛けで迫ってみても、正攻法で真剣に口説いてみても、ことごとくサラリと躱されてしまうのだ。
これまでの谷山には考えられないことだった。色恋において、谷山の思い通りにならないことなどなかったというのに。
年齢はそろそろ武器にはできなくなってきた。それがわかっているからこそ、これまでの恋愛経験を武器に変え、あの手この手で気に入った男を籠絡してきた谷山は、この二人に関してはこれまでどおりのやり方では通用しないのだと悟った。
「一颯さんを落とす!」
どちらかなんて言っていられない。そんな余裕などかましていられないのだ。どちらか一人に絞り、本気で立ち向かう。
まるでRPGでラスボスを前にしたような気持ちだ。殺るか、殺られるか。谷山の心の中では某有名ゲームのBGMが鳴り響いていた。
そんな時、一人の新入社員がやって来た。自分より少し年上の彼女は、なんと一颯の姉だという。
「ラッキー……!」
谷山の頭の中でファンファーレが鳴る。
一颯の姉という彼女は、幸いにも谷山と同じ部署に所属となる。
彼女と仲よくなり自分の味方にして、あわよくば一颯との仲を取り持ってもらえないか。
谷山がそんな風に思ったとしても仕方がなかった。何故なら、一颯一人に絞ってはみたものの、相変わらず反応は素っ気ないものだったからだ。
だが谷山だって馬鹿ではない。それがどうしてなのかくらい、すぐにわかった。
『一颯は難しいと思いますよ。何故かは、もうわかりますよね?』
四谷がどうして牽制するようにそう言ったのかはわからないが、おそらくは一颯に加勢するためだろう。
一颯の、彼女への想い。彼女──細谷美青。
聞けば、美青と一颯は義理の姉弟だという。血は繋がっていないのだ。それを知った時、谷山は美青の気持ちはどうなのか、確かめようとした。
だが、彼女も一筋縄ではいかない。優しげで物腰柔らかな雰囲気だから、簡単に聞き出せるだろうと思ったのだが、意外と線引きがきっちりとしている。ここまでは、というラインよりあちら側には入り込めないのだ。
さてどうしたものかと思っていたところ、先に四谷に釘を刺される羽目になった。
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