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「好きや!」 「……は?」 その時店にいたすべての客が、大声で告白した男に釘付けになった。 愛の告白を捧げられたのは、このバーのママ、皆川弘海(みながわひろみ)。ママといってもここはゲイバーなので、男である。 一度静まりかえった店内は、常連の客のひゅう、という口笛と、笑い声ですぐに賑やかになった。 「愛の告白!」 「熱烈~」 「おにいさん、面食いだね~」 客たちの冷やかしに反応もせず、その「告白男」はじっと弘海を見つめている。がっちりした体つきに無精髭、真っ黒で四方八方に跳ねているくせっ毛。両手を強く握りしめ、仁王立ちで立ち尽くす。弘海よりはいくぶん若く見える。 当の弘海はあんぐりと口を開けていたが、吸いかけの煙草を咥えると盛大に煙を吐き出した。 そしてひとこと、冷たく言い放った。 「……あんた、ノンケよね?」 その言葉に、楽しそうに笑っていた客たちが凍り付いた。 そして口々に、なんだよ、とか、冷やかしか、と呟く。 「ノンケ?」 「告白男」はきょとんと首を傾げた。また客たちがざわめく。 「まさか…ノンケの意味も知らないでここで飲んでたってわけ?」 半笑いの弘海の声は明らかに機嫌が悪い。しかし「告白男」はあわてる風もなくにっこり笑った。 「ノンケいうのはようわからんけど……俺あんた好きなんや」 「……だから」 弘海の眉が吊り上がる。 「冷やかしならお断りよ。ここはそういう人間たちの大事な憩いの場なの。知らなかったって言うなら今回だけ見逃してあげるわ。」 「ああ!そうか、ストレートって意味やな。でも冷やかしなんかやない。俺は本気で言ってるんやけど」 「…いいかげんにしてくれる?あたしノンケなんか興味ないの」 「俺はある」 「……てめえ」 弘海の口から男言葉が飛び出すと、周りの客たちがやばい、と呟いて椅子を遠ざける。 しかし「告白男」はむしろ嬉しそうに笑った。 「ママ、怒っても美人やなあ…」 がたがたと周りに人がいなくなる。弘海と「告白男」の周辺にぽっかりとスペースが空いた。 弘海は人差し指で男の額を刺した。 「早く出て行きな。血迷ったノンケにつき合うほど暇じゃねえ」 「告白男」は怯むどころか弘海の手首を掴んで、顔を近づけた。 「青戸(あおと) (しん)」 「はっ?」 「俺の名前。ノンケやなくて、名前で呼んでや」 ぶち、とキレた弘海が殴りかかる前に、常連客があわてて羽交い締めにした。同時に「告白男」の新も押さえ込まれ、ずるずると店の外に連れ出された。 外に出されながらも、好きやあ、と叫び続けている。 新の声が遠ざかると、弘海のほうも少し落ち着きを取りもどした。 「なんだあいつ…っ…!めっちゃムカつく!」 「落ち着け落ち着け、ほら水割り」 弘海の友人、淵上(ふちがみ) (じゅり)がぽんぽんと背中を叩き、グラスを差し出した。 弘海はグラスを受け取ると、ぐっと煽り中身を飲み干した。 「ほんと弘海はノンケ嫌いだな」 「ノンケが嫌いなんじゃなくて、ああいう勘違い野郎が嫌いなの!」 「でも、あのお兄ちゃん、マジな顔してたよ?常連だろ?」 「は?常連?違うわよ」 「俺何回か見てる気がするけど…」 「……うそでしょ…?」 弘海が新を常連だと気づかなかったのには、ふたつの理由があった。 ひとつは、今日の風貌が違ったこと。 弘海に告白してきた今夜、新はデニムにTシャツといったラフな格好をしていた。 1年以上前から店に来ていた新は、三揃いのスーツに眼鏡、くせっ毛はしっかりと撫でつけられ、まるで別人だった。必ず数人の男たちとグループで来ていた。樹がたまたま、その姿を覚えていたのだ。 そしてもうひとつは、弘海が最近、恋人と別れたばかりだった、ということだった。
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