自殺しに来たら、いつのまにかイケメンと観光してた

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「やっぱこわい……」  会社をクビになり、彼氏にも捨てられ、途方に暮れた私(29歳独身)はいま、自殺の名所に来ています。いわゆる二時間ドラマに出て来るような断崖絶壁なんですが―― 「というか、何で自殺すんのこんなに大変なの? ラクに死ねる方法なかったんかい!」 「ですよね~」  急に背後から声を掛けられて、私は文字通り飛び上がった。  慌てて振り向くと、そこには30代ぐらいのイケメンが。……イケメン? なんで? 「あ、あなたもひょっとして……?」 「いやあ、お恥ずかしい。僕も怖くなっちゃって……って、こんな場所、普通は怖いですよね」 「なんだこわいの私だけじゃなかったんだ。よかったあ~」  同志の存在を知り、急に力が抜けてしまった。 「覚悟出来るようになるまで、よかったら一緒に観光しませんか? あ、僕でよければですが。車で来てますし」 「貴方、ホントに自殺しに来た人ですか? ナンパじゃないんですか?」  じいいいい……と睨め付けてやった。イケメンを。  確かに怪しすぎますよね、と頭を掻いた彼は、私に遺書を差し出した。 「中を見ても?」 「もちろん」  そんなもので身の証になるもんか、と身構えつつ読んで1分後に超絶後悔した。 「うえええ……すびばせん……こ、こんな可愛そうな人がホントにいるなんてええええ」  私はあまりの内容に号泣した。こんなイケメンが命を散らそうとしているなんて、世の中間違っている。もったいない。人類の損失だ。 「なんか、すいません。これ使って」  イケメンが私ごときにハンカチを差し出してくれた。だから何で死ぬのこの人。意味わかんないんだけど。何故? ホワイ? じゃあせめて最後の願いだけでも叶えて差し上げようじゃないの、この私ごときが! 「いきましょう! 観光!」  本当に嬉しそうに輝くイケメンの美相。冥土の土産にいたします。ありがとうございますありがとうございます。  車に乗ると、イケメンと私は自己紹介した。といってもあまり意味はないのだけど。イケメンは急ぎ近隣の観光情報をスマホで検索すると、 「この中で行きたい場所ありますか? 複数でもいいですよ。回りましょう」 「そうですねえ……」と言いかけて、私のおなかの虫が鳴いた。 「ふふ、まずは食事ですね」  運転席と助手席の距離感で、輝くイケメンスマイルを喰らう私。ここで死にたいです。羞恥心で即死したい。  というわけで、ジェントルイケメンのエスコートで丸一日観光と地方グルメを満喫した頃には、とっぷり日が暮れていた。 「そろそろいきますか?」静かに彼が言った。 「あの、今日は本当に楽しかったです。……正直、こんなに楽しいデート、でいいのかな、マジで初めてでした。あ、私はいいんです。おかげさまで冥土の土産も出来ましたし。でも……でも貴方は、貴方には、死んで欲しくない。――わがまま、ですよね」 「奇遇ですね。僕も貴女と全く同じ意見です。どうしましょう……」  数瞬思案した私は彼に提案した。 「とりあえず日も暮れちゃったし、また明日考えませんか? 今日はどこか泊まって」 「そうですね。じゃあ、今から二部屋取れる宿を検索――」 「一部屋でいいです。……見張ってないと、死んじゃいそうだから」  終始笑顔を貼り付けていたイケメンが真顔になった。 「奇遇ですね。僕も貴女と同じ意見です。貴女に死なれると困るから」  それが十秒だったのか十分だったのか分からない。短くも長くも感じる時間、私たちは見つめ合った。ただ、互いに生きていて欲しいという純粋な気持ち、それが重なった瞬間。  どちらともなく抱き合って、唇を求めた。  イケメンもったいない、なんて下衆なことを考えていた昼間の私を殴りたい。  翌朝。目覚めると、一緒に寝たはずの彼がいない。 「**さん!!」  私は飛び起きた。黙って一人で、と最悪の想像をして、心臓が潰れそうになった。 「おきた? おはよう~」  寝癖頭のイケメンが、歯ブラシを咥えながら洗面所から顔を出した。 「ああああああ、バカバカあああああ!! 死んじゃったかと思ったじゃない!!」  泣きじゃくりながら彼の胸に飛び込むと、私は子供みたいにポカポカ叩いた。 「ご、ごめんなさい……僕がそんなことするわけないでしょう」 「昨日まで自殺しようとしてた人の言葉なんて、信用できません!」 「僕は信じてますよ、貴女のこと。初対面の僕に、死んで欲しくないって思ってくれた貴女のことを」 「……私も信じて、いいですか?」 「貴女がよければ」  彼のキスはペパーミントの味がした。  そして一ヶ月後、私たちは出会ったあの街で入籍しました。  式もせず、ひっそりと、でも確実に人生をやり直し始めました。  なんか私ばっか得してるのですが、ま、いっか。
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