4:ツンデレ疑惑

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4:ツンデレ疑惑

 この日の夜、ミアンは管理局で過ごした。管理局に来た警察からの事情聴取を受け、その後は管理局の仮眠室で一泊したという。もちろん夕食付きだ。  クレンも夜半まで事情聴取に応じ、一度家に戻って睡眠を取った。  昼間は悪魔の追跡に費やし、そして夜は田原春家の騒動に巻き込まれ──そこからの事情聴取で、疲れ切っていた。風呂に入るのも忘れての、爆睡であった。  その後朝八時に再度目が覚めると、遅くの朝風呂に入って簡素な朝食を摂る。  そして、荷造りを始めた。  管理局から正式に、ミアンの弟子入りを要請されたのだ。要請という名の、ほぼ強制だが。  しかしあいにく、クレンの住んでいる部屋はワンルームである。そのため管理局から弟子入りの要請と共に、個室付きの部屋への引っ越しを打診された。  おまけにもう、物件の目星もついており、引っ越し業者も手配済みであるという。なんという至れり尽くせりか。  流されるのが嫌いな、反骨精神の塊であるクレンだったが、管理局のイケイケドンドンには唯々諾々(いいだくだく)と従わざるを得なかった。  下手に反抗しようものなら、本当に干されかねない。  いっそ管理局付きという身分を辞め、フリーランスになってもいいのだが、管理局には色々と無理も聞いてもらっている。  今まで弟子も取らず、一人で気ままに生きて来られたのも、彼らに黙認されていたからだった。つまり恩義があるのだ。  そのような理由でクレンは大人しく、数少ない私物を段ボールに詰め込んでいた。 「年貢の納め時ということか。クソったれ」  ため息混じりに、こうぼやく。せめてもの抵抗だ。  ただ、管理局の都合による引っ越しであるため、上乗せされる賃料や引っ越し費用等々は全て管理局持ちだった。不幸中の幸いである。  粗方の荷造りを終えたところで、クレンは車で管理局へ向かった。  そこでミアンを拾い、一緒に田原春家へと走る。  彼女の荷物を引き上げるためだ。  ごくごく一般的な、黒の乗用車を運転するクレンは、後部座席のミアンを窺う。 「荷物を運ぶのならば、もっと大きな車の方が良かったのではないか?」  当然の疑問である。しかしミアンは、首を真横に数度振った。 「あ、いえ、荷物はそんなにないので、これで大丈夫だと思います」 「……。そうか」  あまり突っ込んではいけない話題だろうと察し、返事はそれだけに留めた。  が、田原春家の二階に広がる光景を目にした瞬間、もっと彼女の身の上を聞くべきだったと思い知る。それも、伯父夫妻が逮捕される前に。 「なんだこれは」 「えっと……あたしの、部屋、です」 「こんなものは、部屋とは呼ばん!」  クレンは手を広げ、その惨状を指し示す。  ミアンの部屋は、存在しなかった。彼女の生活空間は、二階の廊下の奥──つまり部屋の外だったのだ。  そこにシャワーカーテンを張り巡らせ、パーテーション代わりとしていた。  カーテンの内側には粗末なカラーボックス一台と、使い古された布団があった。カラーボックスの中には辞書や教科書、参考書や置時計といった品々が隙間なく並んでいる。床には小学校や中学校時代のものらしい、使い込まれた教科書や資料集の山や、きちんと畳まれた十着ほどの衣類が積み上げられていた。年頃の少女にしては少ない服は、夏物も冬物もごちゃまぜである。  その空間は整頓されているからこそ、かえって哀愁が漂っていた。  こめかみに青筋を浮き立たせて、クレンはカラーボックスを睥睨(へいげい)する。 「あの夫婦を……昨日の内に、なます切りにしてやるべきだった」 「いえ、あの、そこまでは」  へどもどと、不揃いの髪を撫でてミアンは視線をさ迷わせる。 「あの、昨日あそこまで怒ってもらえて、万々歳というか……あたしはもう、気が済んでますので」  そこでへにょり、とミアンは微笑んだ。 「師匠って、優しいですよね」  ぎりり、とクレンは赤い顔で歯ぎしりした。照れ隠しである。 「師匠と呼ぶな!」  そして広げていた手を真っ直ぐに伸ばし、ミアンを指さす。鋭い灰色の瞳も、彼女を射抜いていた。 「俺はな、優しいわけではない。ああいう、道理をわきまえないクズに腹が立っているだけだ!」 「でも……見て見ぬふりをする人の方が、多いですよ」  そう言って、少し寂しげにミアンは笑った。 「だからやっぱり、師匠は優しいです。それに正義感も強いです」  その笑顔に、クレンの気勢が幾ばくか削がれる。しかし首を振って、彼は気を持ち直した。 「おい……一つ言っておくがな。俺は、お前にも腹が立っているんだ。このような境遇を甘んじて受け入れる、お前のその、向上心のなさも許しがたい!」  怒鳴ってまくし立てる。唖然、とミアンは目を丸くした。  固まっている彼女を無視して、クレンは廊下にしゃがみこんだ。そして、車から持って来た段ボールを広げ、ガムテープで補強していく。  次いで黙々と、数少ない荷物を詰め込んでいく。午前中に自身の荷造りを行っていたこともあり、ずいぶんと手際が良かった。あっという間に、わずかな荷物も片付いて行く。  おまけに布団も、強引に畳んで中へとねじこむ。クレンの膂力(りょりょく)も相当なものである。 「……あの、師匠、あたしがやり──」  我に返り、慌てて手を伸ばす彼女をじろり、とねめつけた。 「俺の方が力は上だ」 「でも、あたしの荷物ですし……」 「この方が効率的だ。それともお前に、この箱が持てるのか?」  荷物が詰め込まれた段ボールを見下ろし、次いで挑むように彼女を見る。  ミアンもじっと彼を見返しながら、段ボールの前にかがんで腕を回し入れる。しかし、抱え持った段ボールはびくともしなかった。顔を真っ赤にして力を込めても、それは変わらなかった。 「も、持てません……」  その負け様に、ふん、とクレンは鼻を鳴らす。 「それ見たことか。貸せ」  一抱えもある段ボールを軽々と持ち上げ、足取りも平坦にクレンは廊下を引き返す。  箱に入りきらなかった、空のカラーボックスを抱え持ち、ミアンはあわあわと後を追う。 「あの、ごめんなさい。えっと、師匠って、その……優しいんですね……ツンデレ、ですか?」  この問いかけに、クレンの足が止まった。そして猛然と振り返った。 「誰がツンデレだ! ぶん殴るぞ!」  しかし悲しいかな口先だけであり──そもそも段ボールを抱えているので、殴りようがない──、クレンは彼女を殴る素振りすら見せなかった。  彼の言葉にぎくりと身構えたミアンだったが、クレンが赤い顔のまま不機嫌そうに再び背を向けたのを見て、 「やっぱりツンデレだ」 と、声にならない声で呟くのだった。
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