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「なんだこいつ、泣いてやんの」
いかにもガキ大将が言いそうなセリフを口にして、リーダーは手を叩いて笑った。
僕は下半身を落とされたゾンビのように這いながら便器へ座る。
笑い声を横目にきちんと施錠をし、涙を手で拭った。
いかにもパターンでいえば、この後は天井とドアの間から水や上靴やコンパス等々が落ちてくるが、僕の学校は天井との隙間がない。
個室へ入ればこっちのものだった。
用をたすと魂が飛んでいきそうな脱力感が身を包む。あまりの気持ちよさに鳥肌まで浮かぶ。
苦労を乗り越え、漏らさなかった自分に涙が出た。
この気持ちよさの体験者は限られた者だけか?
それとも誰もが経験する道か?
そう考えながら、僕はしばらく幸福を感じていた。
だが、はっと我に返る。
しまった、僕としたことがいかにもパターン2を忘れていた。すぐにそこへ目を向ける。
「やっぱり」
トイレットペーパーが無かった。
丁寧にペーパーだけを取るのではなく、芯ごと無い。さらにいつもは壁に貼ってある注意書きのプリントすらない。
紙という紙が排除してあった。
「どうだ?すっきりしたか?」
ドアの外から聞こえる弾んだ声。
「トイレットペーパー、その辺にない……ですか?」
僕が声を震わせながら尋ねると「ミシン目1カット2000円」そういう魂胆か……
「わかりました。4ミシン目まで下さい」
「ダメだ。5ミシン目までにしろ」
「……はい」
「まいど。1万、明日持ってこいよ」
個室のドア下からトイレットペーパーを渡される。5ミシン目までちゃんとあった。
そこは真面目かよ。
次の日、僕はお礼を言ってイジメっこリーダーに1万円札を手渡した。
それから30年後の今、僕は六本木ヒルズに住む、いかにも勝ち組パターンの社長になった。
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