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悪夢をみているのか、それともちゃんと起きているのか。
判じがたい気持ちのまま九里朱音が障子の向こうに見上げた空は、禍々しいほど赤い夕焼け空だった。
しかしどうしてここにいるのか全く思い出せないのだ。今急に意識が戻ったというより、この場に自分が突然現れたかのような心地だ。
顔に手をやるとつけていた眼鏡はどこかに行っているし、頭がずきずきと痛む。
頭を抑えて閉じていた目を改めて開くとそこは見知らぬ日本家屋の中。前後の記憶は全くなく、ここが何処かもわからない。
きょろきょろと周りを見渡すと、前と横には座した人影。まるで時代劇かなにかのセットのようだとも思った。なんだか作り物のような。しかし、どこか生々しさも感じる空間。
「それでは、お前はこの者と心中をしてこの堀に落ちてきたと申すのだな」
それは人の声というには奇妙な声だった。感触悪いものに肌を撫ぜられたような、身の毛がよだつような。そんな感覚をわき起こすような声。
「はい、そうです。この世ではかなわぬ恋と思い、いっそ二人でこの堀に沈もうと思いました」
はっきりとした人間の男の声がして左を向くと、そこにはぼんやりとだがなんとなく知っている男の姿があった。
(いったい何の話をしている?)
傍らにいる大柄な人影をいつもの癖で焦点が合いにくい目を眇めてみるから、図らずも睨んだような顔になる。しかし眼鏡がなくともそこそこ周りが見えている。やはりこれは夢の中に違いない。
目線を落とす。朱音がきちんと正座をしているのは畳の上。
黄色っぽく、真新しくはないものだが傷んでいる風でもない。ざらざらした感覚も伝わるし、ちらりと横を見ると障子の入った日本家屋の設えだともわかる。庭のようなものも見えるが、しっかり見ようとするとなぜが視界がぐにゃぐにゃと歪んで形を追えない。
外を見るのはあきらめて、隣の男に目をうつした。彼の着ている制服らしきブレザーの紺、目立つ赤に斜めに白と細いネイビーのストライプの走ったネクタイ。暗がりでもよく目立つ明るい色の髪、そしてはっきりとした声も含めて推測がつく。幼い頃、同じアパートに彼が引っ越してきてから毎日大事に面倒を見続けてきたから見間違うはずがない。3つ年下の幼馴染、高校生の柏木康太その人だろう。
しかし分からないのはこんな視力でもはっきり遠くまで見えるこの屋敷の設えと、この上座に座る男の姿が明らかに異形の姿かたちであることだ。
多分ここはきっと夢の中なのだろう。夢なら何でもありだ。
(昨日もうちで肉じゃが康太と食べて、そっからゲームして、そのままうたた寝して朝方康太、自分ち帰ってたもんな。だから夢に出てきたのかな)
ゆるゆるとそんなことを考えながら、表情を悟られぬようにやや目線を伏せて様子をうかがうことにした。
大きな瞳は黒々としているが、まるでぽっかり穴が開いているようにも見えて恐ろしげだ。そして総髪に黒一色にみえて鱗模様の地紋のある着物に、金糸の刺繍。なぜかこの人間とも思えないものの姿は鮮やかによく見える。
その隣にいるものは若衆のような雰囲気で、目元は涼し気な切れ長の美男。唇は丹を落としたように赤く色づき、腰よりも長い髪を頭上で高々と結い上げている。まるで役者のような姿形だ。
服装は歌舞伎で見かけるような鮮やかな色合いの縹色の着物。しかし袴は履いておらずに着流しスタイルで時代もなにも何もあったものではない。
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