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【オマケ②】新米神様はハピエンメーカー
黒龍神様の伴侶となって、人の身から新米神様の一柱となってから、それなりの時が経った。
新しい人間関係──この場合、なんて言ったらいいんだろうか?神関係??──を築くのにも精一杯で、なかなか外にまで気がまわっていなかった。
でもそろそろ俺だって、新米なりに働かなくちゃいけないんじゃないだろうかって、不安になってくる。
イケメン死神こと、俺の最愛の旦那さまがめちゃくちゃ甘いのは言うまでもないとして、その相棒である紫龍神様までもが甘やかしてくるんだ。
それこそ俺が神託神官をしていたころから知っているというのもあるし、長年仕事の相棒だった黒龍神様にできた伴侶として、最初から身内のあつかいをしてくださったのもあると思う。
それはたぶん、最も力のある神様である創造神様にしても同じなんだろう。
そんなトップクラスの神様方がそろって俺のことを甘やかすものだから、新米の最底辺の存在であるにもかかわらず、やたらと俺に対してはどの神様も甘かった。
おかげで俺は一般的な神様みたいに民衆の祈りに耳をかたむけ、その願いを叶えるために地上に降り立つことさえしていなかった。
もちろん、創造神様をはじめとして紫龍神様や黒龍神様をお祀りする教会は、俺にとっても大切なかつての仲間たちがいる団体ではあるけれど、だからといってそう気軽に姿を見せるわけにもいかない。
たまに聖女ジュリアからの、俺たち夫婦の幸せを強烈に願うはげしい祈りが届くことはあったとしても、ふたりそろって姿を見せることはしていなかったわけで。
うーん、さすがに『まずは神界に慣れろ』と言われていたとしても、これは仕事をサボりすぎなんじゃないだろうか……なんて不安にもなってくるというものだ。
だいたい神様といっても、なにをするのがお仕事なのか、正直なところまだしっかりと理解できていないくらいだもんな……。
神界に慣れろと言われるのも、そもそも俺の神気酔いをする体質が完全に治り切ってなかったからなんだけど。
人として生きていたときは、神気がからだに合いすぎるがゆえに、近寄るだけでもなじみすぎてしまい、そのすぎた力に酔ってしまっていたわけだ。
けれどここは神界、住んでいる方々はすべからく神様だ。
ついでに言えば旦那さまは、そのなかでも創造神様に次ぐ神格の持ち主なわけで、当然身にまとう神気も濃いときたら、毎回酔いかけては危険なことになってきたのも仕方がないことだと思う。
そんなわけで、出歩いた先で神気酔いになったりしないよう、まずは慣れろということらしい。
ま、それ以外に邪気にも弱いから、あまり気軽に外へ出られないという理由もある。
うーん、だったら肩慣らしをかねて、安全なところから出歩けるようにすればいいんじゃないか?
「だとしたら……たまに教会本部に顔出しするくらいなら、まだいいような気がするな……」
教会本部ならば強力な結界に守られているし、ある意味で勝手知ったる実家だ。
そこで信者の声に耳をかたむければ、俺のすべき仕事もわかるかもしれないし、下手なところに行くよりよっぽどためになるような気もする。
「どうしてです?そんなに下界に降り立ちたいと言うなんて……今はまだ仕事のことなんて気にしなくていいと、創造神様もおっしゃってくれているでしょうに。それともキミは、ここでの暮らしに飽きてしまったんですか?」
気軽に提案した俺に、しかし黒曜様からかえってきたのは、思ったよりも硬質な声だった。
「え?いや、そんなことはないけれど……ほらさすがに新婚さんだからって言っても、そろそろ働かないとサボりすぎじゃないかな~って思っただけで……」
えっ、なんで?
そんな不機嫌にさせるようなことを言ったつもりはないのにと思いつつ、こたえる声も尻すぼみになっていく。
どうしよう、なんか相手の地雷を踏んじゃった感じか、これ?!
うーん、でもやっぱり神様らしいお仕事ひとつしてないというのも、むしろいずれ人々からの信仰が薄れそうで、あんまりいいことじゃないと思うんだけどさ。
若干しどろもどろになりながらもそう説明すれば、フッと黒曜様の視線が和らいだ。
「あぁ、そうでした。キミは意外とマジメなところがあるんでしたね」
「むっ、『意外と』は余計だろ?!」
俺はわりと前世の記憶に引きずられているせいか、働いてないと落ちつかないと思ってしまうところがあるっていうか、そこら辺はちゃんとしているんだからな!
「あー、ハイハイ、そうでしたね」
なんてケラケラと笑われても、もう遅い。
絶対に俺のこと、引きニートだと思ってるだろ、お前は!?
たしかに教会本部であずかられていたときの俺は、ほぼ引きこもりだったっていうのは認めるよ!
「いえ、ね……一応神としての力がついてくれば、どこにいても人々の声は聞こえるものですからねー。それこそ、ここにいても聞こえるわけですし、無理して出向く必要はないんですよ?」
茶化して言われるけど、どことなくその声には不安が見え隠れしているように感じた。
なんだろう、まるでトラウマを抱えた人みたいな、そんな本音を隠したウソっぽい態度に、かすかな違和感をおぼえる。
黒曜様は神格も高いし、魔王も無事に倒された今、敵と呼べるような存在はないだろうに、なにがそんなに不安なんだろうか?
こたえが見えなくて首をかしげれば、肩をすくめられた。
「なんだよ、そんなにここから出したくないの?」
たぶんそこまで意固地になる理由を口にする気は、さらさらないんだろうなぁ。
でもなにか不安に思うことがあるなら、ちゃんといっしょになって解消したいと思う。
だってさ、せっかく俺たち、夫婦になったんだぞ?
そりゃおたがいの神格を考えたら全然比べものにならないくらい俺はぺーぺーだし、色々とちがうかもしれないけど、ほかのだれにもできない距離まで踏み込めるのが夫婦ってもんだろ?
だから、ちゃんと言ってくれたらうれしいのに、と思う。
───ていうか、いつでもそう思ってんだからな、俺は!
どうせこの心の声だってお前にはだだもれに聞こえてるくせに、これで反応しなかったら泣くからな?!
お前の嫁は今、旦那に頼ってもらえない自分のこと、めちゃくちゃふがいないって思っちゃってるんだぞ?
「はぁ、もう本当にキミには敵わないというか……、なんでそんなにワタシをメロメロにする天才なんですか!」
「えぇ!?だって、ふつうのことじゃん」
ソファーの上に腰かける俺におおいかぶさるようにして抱きつかれるのを受け止め、こちらからも背中に手をまわせば、スリ…とほおずりされる。
「だったら本音を言いますと……ずっとキミのこと、ここに閉じ込めておきたいんです。だれの目にも触れないように、ワタシだけのキミでいてほしいとすら、そんな利己的なことを願ってしまうんです……」
俺のからだを両腕に閉じ込めるように、黒曜様はソファーの背もたれに両手をついて、こちらの顔をのぞきこんでくる。
でもそれを言うときの表情は、逆光になっているせいでよく見えなかったけど。
でもなんとなく泣きそうなんじゃないかって、ふと思ったんだ。
手だって───必死にごまかそうとしているけれど、かすかにふるえていた。
───あぁ、そうか。
うん、なんとなくわかったかもしれない。
相手に言われるまでもなく、ふいにこたえが降ってくる。
この世界での黒龍神様は、すでに一度俺という伴侶を失ってるんだもんな。
それこそ前々世のカイトは、ひとりで人の身をとってギベオン帝国に降り立ったときに、魔王軍のナンバー2であるヴァイゼに拐われ、襲われかけてその命を落とすことになったんだよなぁ。
だからこそ、俺をひとりで人界に向かわせることに神経質になっているのかもしれない。
もしかしたら、またなにか想定外のできごとが起きて、俺を失ってしまうのかもしれないって。
いくらその原因だったヴァイゼや魔王について、すでに対策済みだったとしても。
でも俺だって、少しは成長したんだぞ?
それこそ俺だけじゃ無理だと思ったら、ちゃんとすなおに旦那さまを頼るようになったし。
そのおかげもあって、無事にこうしていっしょにいられるわけだろうが!
意外と信頼されていなかった自分が情けなくもあるけど、でもできることならその不安の原因を取り除いておきたいとも思う。
俺だってずっといっしょにいたいって思うから、ちょっとだけ拗ねたふりをして甘えてお願いするんだ。
「ふーん、俺の旦那さまは俺といっしょに現世デートしてくれないんだ?俺はふたりで、いっしょにいろんなものを見てまわりたいのになぁ……」
そう、だから俺の出したこたえがそれだ。
ひとりで行かせるのが不安だというなら、いっしょに行けばいいだけの話じゃん。
そんな簡単なことすら気づかないほどに過去にとらわれ、そこから動けないというのなら、気づいた俺が代わりに前に踏み出して距離をつめればいい。
おたがいに苦手なことはあると思うけど、それこそ補い合っていけたなら。
そんな相互扶助こそ、俺の思う理想の夫婦の姿だから。
「──────まったく、キミという人は……あぁ、いや、もう人ではないんですけども……」
「うんうん、俺はもう神託神官のオラクルじゃないわけだ。それなら教会本部で保護されてたころには教義的なあれこれで行けなかった場所だって、今の俺たちなら気にしないでも行けるわけだろ?」
だから、と俺は笑みを深くする。
「これからもふたりで、ずっといっしょにいよう?だからよろしく、俺の最愛の旦那さま?」
「あぁ、もう、本当にキミときたら!ワタシのかかえてきた闇すら祓ってしまうなんて、さすが規格外の大型新神と呼ばれるだけありますね!」
ぎゅうっと抱きついてくる相手からは、先ほど感じた怯えのような雰囲気は微塵も感じられなくなっていた。
「えっ、ちょっと待って、どこで呼ばれてんのそれ?!」
「うふふ、ナイショですよカイトくん。いやぁ、それにしても腕のなかにスッポリおさまるこのフィット感!最高ですね!」
ニヤニヤと口もとに笑いを浮かべるイケメン死神───うん、もう『黒耀様』なんて様づけで呼んでやらないからな───は、実に楽しそうだった。
でもまぁ、それでこそ俺の不埒な旦那さまだ。
その手が尻のあたりで怪しく動いていても、今日くらいは大目に見てやるよ。
偉そうにもそんなことを思いつつ、嵐のようにふり散らされるキスがくすぐったくて、身をよじる。
やっぱり、こんな甘くてあたたかい日々がずっとつづけばいいのに。
俺たちは夫婦なんだから、おたがいのことはいっしょに解決していけばいい。
そんなことを思いつつ、胸いっぱいの幸せを享受していたのだった。
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