第五節「両儀のなりそこね」

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「カナちゃんも明日には帰ってこれるよ。病院では回復速度が異常だなんて驚かれてたけどね」  一体何をしたのだろうか、そう問うた海奈に対してニアータは内緒ですと返すだけで。  別に回答そのものが面倒だったとかそういう訳でもない、なんて本当に言うだけ言ったように付け足した。 「海奈ちゃんが信用できないわけじゃないけどねー。取り敢えず守るべきラインなのかなって勝手に思ってるだけだから」 「そうか、まあ問い詰めたりはしないよ」  声色がなんだか投げやりにも聞こえたな、と内心でニアータが思っても。  そんなことも読み取れはしないのか、海奈もまたふらふらと頭を揺らしている。 「……心配させちゃったね」 「慣れたものさ、全く馴れはしないくせにな」  どっちなんだろね? と困ったように戻しておいて。  荒哉に対して、どう思うのかを尋ねてみた。個人的な評価がどれだけ有用かなんてのは措いておいても、それを集めていけばある程度の客観性が得られるというだけのことで。 「不安定だろうな。ただ、別に悪辣だという訳でもない。価値観をどう一般社会に擦り合わせるかが問題かとも思う」 「そうだろうね。あそこまで隔絶されていたのなら、どうにもハードなことを要求するしかないか」  他に選択肢もないもの、とどこか気怠い色の混じった声だ。  そんな様子に、海奈が何かを納得したようだ。 「ニアータは誰かを、安易に否定することが苦手なんだな。それがどんな性質であっても躊躇ってしまうのは」  心根の甘さが滲んでいるよ。  言い切る形ではなかった。それでも確信を持っている言い方だと感じたのは、別にニアータの所為ではないだろう。 「あはは。やっぱり判りやすいのかな、わたしも」 「ああ、そうだよ。……少しばかり、仁の影響を受けすぎじゃあないのか」  仕方ないでしょ、と返しかけた。  二瞬ほど惑って。  そうかもしれないね、と応えておく。  責任を擦りつけるような言動は避けていただけだが、しかしそればかりでもないような。  言葉にはできなかった感傷に混乱しつつ、それで、と繋ぐ。 「666も、どこかの魔術師にも。狙われるようになったと思うよ?」  色々な意味で有用だと透けてしまった現状、仁に対して何か悪意のようなものを向けられる可能性は全く否定できなくなってしまった。  災難だな、と漏らす声に嫌気が多分に含まれている。  同感だけれどそこに同調してもあまり意味が無い、それよりも考えるべきことがいくらでもあるわけだから。 「どうしたいの?」 「……親としてやれることがどれほどあるのか、から絞った方がいいだろうさ」 「そうだけどね。方向性の話をしているつもりだったんだよ」  首を傾げ、しばらく無言のまま。 「私が勝手に決めてしまっていいものではない。そこまで踏み込んでしまうのは危険だよ」  それこそ、おまえの嫌う人格否定を多少なりとも行うことになるのだから。  ニアータは、少しだけ沈黙し。  まあそうだよね、と呟いた。 「仁くんのやりたいことなんて、とっくにバレているようなものだけどね」  そこを否定する気なんて微塵もない、言わずと知れていることを確認しつつ。 「阻害されてしまっても、それを邪魔だとも思わない精神性は稀有だよ」 「確かに、何に対してもあいつはよくあることで済ましてしまうな」  それが本当によくあることなのかは差し置いて、何もかもそれで終わらせてしまうのが異常とも見える。  そしてそれゆえに、自分の行動の結果に他人を巻き込むことに苦手意識がある。 「今回、叶多に重傷を負わせたことにダメージを受けていたのは仁の方だからな」 「自分の所為だって思ってるよ、あれに関して」  わかるさ、と返していた。  そうだよねえ、と同調される。 「そこが仁くんの良いところだけど、同時に欠点でもあるよ」  メンタル壊れそう、とかなりシンプルな印象を口にすると、そんなもんは織り込んでいると戻してくる。 「白羽に限らず、稀人の血筋なんてそんなもんさ。そもそもが人の枠から大きく外れている在りようなんだ、そこらの人間よりかは大きなストレスを受け続けて生きている」  それにどうやって対処するかなんて、それぞれ違う。  自分のやり方を覚えるしかないのは当たり前なんだ。  そんなのは実際、誰にでも言えるようなことなんだけどね。  そんな風に返したとしても何かが変わるようなこともなく。  だからニアータは何も返さなかった。 「まあ、一つ言えるとするなら」  代わりに懸念点を指摘しておく。 「仁くんが対応策を訊かれたとして、素直に教えてくれると思えないのが難点だよ」
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