第七章『オスキマ様』

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「市長さんから中に誰も入れないでくれって言われたんですけど……」  そう言った女は、身綺麗に化粧をしており、髪も美容院でセットしたかのように整っていた。  服装も普段着の感じではなく、ちょっと呑みに行きます~ってお屋敷を抜け出す(ひがい)のようなちょっと露出高めの格好で、年の割に膝上のひらひらした黒いスカートにオレは目を疑った。  鈴木の話では、生活疲れをした三十過ぎの女だっていうことだったが?  年齢に不相応な格好はひたすら滑稽で、昼間の寂れた市営住宅の階段の踊り場で、着物姿の玉様と金髪スーツの高彬さんよりも浮いて見えた。悪い意味で。 「飯野美里さん、ですか?」  解りきってたが念のため尋ねると彼女は満面の笑顔でそうですと返してきた。  ……。  待て待て待て待て。待ってくれ。  これが子供を正武家屋敷に置き去りにして、心配していた母親なのか?  確かにオレは母親は頭がおかしい奴だとは思っていた。  平気で子供を、しかも赤ちゃんを置き去りにするような母親だ。  でも昨晩鈴木から連絡があり、すぐにでも迎えに行くと言った母親が、こんな女なのか?  よくよく服装を見れば買って来たばかりのような折り目がシャツにはあるし、美容室独特の整髪剤の匂いもする。  この女は一体、何をしていたんだ。  子供の世話をする必要が無かった時間に心配して気を揉んでいたんじゃなく、自由な時間が出来たと自分の身形を整えてオレたちを迎える準備をしてたのか? 「鈴木さんのお友達ですよね?」 「そう、ですけど」 「あぁ、良かったっ! 娘がお世話になっておりますー!」  世話してんのは保育園の先生だが。  しかも一方的にお世話を押し付けられて、迷惑を掛けられているんだが。 「鈴木さんのお友達が来てくれるっていうから、きちんとお迎えしなきゃと思ってっ」  違う。そこは方向性が違う。  誰もお前なんかの身形をきちんとしてお迎えしてもらいたいわけではない。  お迎えするなら玉露か抹茶を用意しておけ。お茶請けがあれば尚良しだ。  想像していた飯野美里とあまりにも乖離している実像と態度にオレは恐る恐る玉様の様子を窺った。  頭がおかしいと言ったオレとは違い擁護派だった玉様の反応は、面を(くら)って言葉を失っていた。
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