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硝子張りの壁面から射し込む陽光は、僅かな屈折を経て足元に光の輪を形作っていた。
格子状の梁の隙間を縫うように、天井から自然光が降り注ぐ下では、学生達が本を片手に雑談や食事を楽しんでいる。
大学内唯一のカフェと図書館が融合する憩いの場、ライブラリーカフェ『アカデミア』は建築家アルバ・アールトが設計したヘルシンキの書店をモデルにしているとか。
「住野、次は?」
「次は空きで、その後ミクロ経済」
「ふーん」
手元の参考書から顔をあげると、同じ学部の道上が意味深に目を細めた。
「なに?」
「増本ちゃんと別れたってマジ?」
「ん……マジ」
「浮気?」
「あのなぁ」
「冗談だって、住野が浮気したら俺、発狂するわ」
「なんでそーなる」
「良い奴だから」
「それはどうも」
「んで、原因は?」
人とのコミュニケーションが苦手とか、心に大きなトラウマを抱えているとか、そんな明確な理由があるわけじゃない。
ただ一人の時間が好きだったし、たとえばこのカプチーノの泡がゆっくりと沈んでいく数分間が心地良く大切だったり。
だから女性特有の矢継ぎ早に注がれる、とりとめのない話が、少し苦手なんだ……と。
表面的にはそういう理由で誤魔化していた。
「性格の……不一致、とか?」
「増本ちゃん、明るくて穏やかで教育学部じゃ人気ナンバーワンだぞ?」
「まぁ、そうだろうな。だから、俺には勿体ないと思うよ」
俺は普通じゃないから。
世界の隅っこで、ただひっそりと、息ができればそれでいいんだよ。
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