♯1 ビター リグレット

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硝子張りの壁面から射し込む陽光は、僅かな屈折を経て足元に光の輪を形作っていた。 格子状の梁の隙間を縫うように、天井から自然光が降り注ぐ下では、学生達が本を片手に雑談や食事を楽しんでいる。 大学内唯一のカフェと図書館が融合する憩いの場、ライブラリーカフェ『アカデミア』は建築家アルバ・アールトが設計したヘルシンキの書店をモデルにしているとか。 「住野(すみの)、次は?」 「次は空きで、その後ミクロ経済」 「ふーん」 手元の参考書から顔をあげると、同じ学部の道上(みちがみ)が意味深に目を細めた。 「なに?」 「増本ちゃんと別れたってマジ?」 「ん……マジ」 「浮気?」 「あのなぁ」 「冗談だって、住野が浮気したら俺、発狂するわ」 「なんでそーなる」 「良い奴だから」 「それはどうも」 「んで、原因は?」 人とのコミュニケーションが苦手とか、心に大きなトラウマを抱えているとか、そんな明確な理由があるわけじゃない。 ただ一人の時間が好きだったし、たとえばこのカプチーノの泡がゆっくりと沈んでいく数分間が心地良く大切だったり。 だから女性特有の矢継ぎ早に注がれる、とりとめのない話が、少し苦手なんだ……と。 表面的にはそういう理由で誤魔化していた。 「性格の……不一致、とか?」 「増本ちゃん、明るくて穏やかで教育学部じゃ人気ナンバーワンだぞ?」 「まぁ、そうだろうな。だから、俺には勿体ないと思うよ」 俺は普通じゃないから。 世界の隅っこで、ただひっそりと、息ができればそれでいいんだよ。
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