0.飼育小屋の夢<プロローグ>

1/3
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/104ページ

0.飼育小屋の夢<プロローグ>

 彼女はうさぎ小屋の白うさぎに似ていると、小学三年生の私は考えていた。 「ねえ。うさぎさん、撫でてもいい?」  白うさぎのように白く透き通った肌、ロップイヤーの垂れ耳のようにふわりと垂れるおさげの黒髪。うさぎのようにぱっちりと大きな瞳が私を見つめている。  学校内で彼女を見たことはなく、けれど放課後は何度か会っていたから、彼女が現れたことに驚きはなかった。頷いて金網の戸を開けると、彼女は嬉しそうに口元を緩めてうさぎ小屋の庭に入った。  放課後。飼育委員たちがうさぎ小屋の掃除をしている時は、うさぎや烏骨鶏(うこっけい)を庭に出す。庭はうさぎや烏骨鶏が飛び越えられない程度の高さになっているので脱走の心配はない。うさぎたちは、のびのびと外の空気を楽しんでいて、そこに彼女は割りこんでしゃがみこむ。 「ユメちゃんは?」 「まだ出てきてないの。穴の奥に隠れているのかも。見つけたら庭に出すね」 「うん。待ってるね」  飼育小屋には三匹のうさぎがいて、それぞれユメとブチとロップという名がつけられていた。特に彼女のお気に入りは、白とブルーグレーのマーブル模様が特徴のユメ。穴堀りを好み、一度穴に入るとなかなか出てこないうさぎだった。  私はユメを探しに小屋に戻る。小屋は背の低い仕切りで分けられていて、烏骨鶏とうさぎを別々の部屋にしていた。しかし、烏骨鶏は飛ぶので仕切りなんて飛び越えてしまうし、うさぎも穴を掘ってトンネルを作るから、仕切りの意味はなかった。  小屋には、うさぎトンネルがいくつもある。ユメが好むのは飼育小屋の端にあるトンネルだった。相当深くまで掘っているので覗きこんでも先は見えない。小屋の壁に沿って作られているので、いつか地上に出てしまうと心配になるけれど、トンネルに耳を近づければ中から物音がするので大丈夫だろう。 「ねえ」  ユメを探すことに夢中になっていて、気づくと彼女が小屋に入りこんでいた。小屋の仲間で入るのは飼育委員しかいないけど、他の人をいれちゃだめってルールはない。彼女はユメを探しにきたというより、私とおしゃべりをしにきたようだった。 「今日は小屋掃除いつ終わるの?」 「もうちょっと」 「終わったら一緒に遊ぼうよ」 「終わったらね」  そっけなく答えたけれど、彼女のことは好きだった。でもあの大きなまんまるの瞳に見つめられるのが恥ずかしい。  彼女はうさぎを撫でている時のように柔らかく微笑んで、ぴょんとその場で跳ねた。 「やった! 私、香澄(かすみ)ちゃんと遊びたいなって思ってたの」 「私と?」 「だって香澄ちゃんは私の友達でしょ?」  噛みしめるように言って、彼女は小屋の外に出ていった。うさぎたちは構ってくれないことにふて腐れているのか、庭の隅で座りこんでまんまるになっている。  彼女はブチとロップを撫でた後、私に聞こえるよう大きめの声で言った。 「ジャングルジムのところで待ってるね。小屋掃除が終わったら遊ぼうね」  ジャングルジムは校庭の端にある。ここからだと体育倉庫が邪魔で見えない。彼女が庭を出るのを確認してから、私は再び小屋掃除に戻る。
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!