堕天使の恍惚

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堕天使の恍惚

 白衣の天使なんて幻想だ。患者様に向けられる笑顔の裏には、愚痴、噂、フェチズム。目を覆いたくなる現実が蔓延している。 「榎本(えのもと)、あんた今日も顔と手つきに出てたよ。いい加減針持ってうっとりするのやめな」 「あ、すみません」  採血のラウンドを終えてナースステーションに戻ると、点滴を捌いていた先輩に苦笑いされた。  先輩の苦笑いの原因は私のフェチズムにある。すなわち私は、血管を愛してやまないのだ。何かと血管に携われる看護師職は、ある意味天職かもしれない。  気づいたときから自他に拘らず血管に触れるのが好きだった。すごく落ち着く。締め付けるのも好き。苦しさに血管を開放すると、痺れと共に生を体感する。  好みのタイプはやはり太くて真っ直ぐで弾力のある健康的な血管の持ち主。  仕事で一番好きなのは、採血も捨てがたいけれどやはりルート確保。より太くて長い針が入る程達成感があり良い。18 G(ゲージ)なんて至福。    ルート確保時はまず血管選びを入念に、という名目で血管を愛でまくる。血管の、駆血帯の締め方で表情を変える所が好き。初めは見えにくい子も、体勢や角度を変え、過保護に愛情を注ぐとはにかみながらぷっくりと顔を覗かせる。たまらない。  顔を見せてくれたなら、人差し指、中指、薬指の三指で音楽を奏でる様に慈しむ。しなやかに指を動かし太さや弾力、弁や蛇行の有無を確認する。  基本的に前腕の橈側皮静脈か尺側皮静脈を選定するけれど、私は断然尺側皮静脈派。正面からは見えないあの奥ゆかしさが好き。興奮する。  狙いを定めた血管を丁寧に固定し、そっと針を刺す。鮮やかな血液が返る。その命の色にゾクゾクする。そこから息を止め、指先で外筒を進める。ジェットコースター並みの速さで挿入できた時の快感は言葉になんてできない。もはやエクスタシー。  あの快感は思い出すだけで痺れる。口元がだらしなく緩み、血管を探る様に三指が勝手に宙を舞う。 「相変わらず気持ち悪いな」
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