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プロローグ
田神 繁が庭の錦鯉に餌をやるため柏手を打つ。散策できるほど広大な庭園の端から何十本もの鯉が勢いよく水面をバチャバチャと波打たせ邸宅の縁側の際まで泳いでくる。
「愛い奴等よのぉ♪ さぁ、たんと食え」
「やり過ぎです」
「細かいことを言うな」
庭師の格好で御山 恭輔が池の縁の岩に腰かけている。
「掃除したばかりですが水はすぐに淀みます」
目尻を下げ笑みを浮かべていた田神 繁は口調だけ変え呟く。
「もちろんわかっておる。それは政治の世界も同じだ。いま、この国は淀みつつある」
御山 恭輔は田神の傍に近づくと片膝を着き首を垂れた。
「御用命は?」
「もうすぐ人がくる。ここで対話をするから見定めてもらえるか?」
「御意」
しばらくして護衛と秘書を連れ女性政治家が表の事務所を訪れた。
「ご無沙汰しております」
池の横の座敷で対峙した田神は茶をすすると応えた。
「忙しい最中の都知事が老いぼれに何のようかの?」
会談が始まる。恭輔は庭師の仕事をしながら女性政治家の表情・仕草・体臭などの変化を粒さに観察することになる。
「是非とも次の国政選挙に御力添えを……」
「言うてもな、儂の派閥は壊滅しておる。他ならぬ貴女の所属しておる派閥の頭の小僧のせいでな、助力するに足る根拠と姿勢を見せなさい」
田神は右手をひらひらとさせ、帰れと促す。女性政治家は下唇を噛み一礼すると部屋から退去していった。
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