【短編】天に背き夕闇、月を抱く

1/13
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 巨大な匙のような形の琵琶を膝に抱え、節くれだった男の指が弦を爪弾いた。天上から流れ出たような、心を酔わす甘美な音色。まろやかに揺れる旋律が、月夜の王宮に夢幻の時を連れてくる。 「さて、今夜は何のお話をいたしましょう」  煌々と照る満月の下、仄青く浮かび上がる白亜の宮殿。月光差し込むその窓辺に吟遊詩人は腰掛けた。皺の寄った浅黒い肌は古い菩提樹を思わせ、その目はとうの昔に(めし)いていた。  年若い王と王妃は顔を見合わせ、初々しく微笑んだ。顔を寄せ、何かを小声で相談すると、王妃はぱっと振りむいた。銀の髪飾りが、しゃらり、と夢のような音を立てる。 「それでは生涯にたったひとつの、命懸けの恋の話を」  それを聞くなり吟遊詩人は目尻の皺をますます深め、大きく弦をかき鳴らした。  さてこれは、満ちる月の夜、白亜の王宮で語られた昔語りである。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!