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俺は『落とし物』らしい
ああ、疲れた。
皺だらけのくたびれたスーツに身を包んだ俺……柳川亮二は、体を引きずるようにしながら家への道を歩いていた。時刻は夜の十一時。もうすぐ深夜に差し掛かろうという時間である。
「ああ、疲れた」
先ほど発した心の声が、今度は口から零れてしまう。
甘えだと言われてしまえばそれまでなのだが、内向的な俺に営業職というのはなかなか堪える仕事だ。プログラマーとして入社したはずなのに、どうしてこうなった。
そもそもが人手不足だった。それに加えて期待していた新卒二人が、退職代行なんてものを使って顔も見せずに辞めてしまったのだ。……入社から、たった二ヶ月で。同じタイミングなんて絶対示し合わせただろう!
その結果――本来やるはずじゃなかった仕事が俺に回ってきたのだ。
帰って、風呂に入って、カップ麺でも啜って……
そんなことを朦朧とする頭で考えていると、視界が歪んで俺は地面に崩れ落ちた。痛みはさほど感じなかったが、体に接したコンクリートがひたすらに冷たい。
俺は……このまま路上で凍死でもするんだろうか。なんて情けない死に様だ。
そんなことを考えていると、ふと影が差した。
霞む視界で影の持ち主を確認しようとする。けれど上手く捉えられない。
「――『落とし物』だ」
意識が沈む最中、幼い少年のそんな声が聞こえたような気がした。
沈んだ意識が、ふっと浮かび上がる。
まず視界に入ったのは、木目が美しい白木の天井だった。煙草の脂で黄ばんだ俺のマンションの壁紙ではない。
寝かされているのは高価な布団らしく、体をふわりと優しく包んでくれている。
「ここは……?」
「や、気がついたか」
声をかけられびくんと体を震わせながら身を起こす。すると寝かされているのは、八畳くらいの和室だとわかった。そして部屋の隅には――
真っ白な髪と金色の瞳を持つ、絶世の美少年が一人いた。
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