隠し物

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 私、紺野 光には親に隠している事がある。毎日スーパーマーケットで買い物をしていること。時々、駅ナカに寄っていること。そして、勉強道具の中に隠し物があること。  私が中学から家に帰ると、台所の机の上には千円札が一枚置かれていた。今日も夕飯は外食にしろという命令だ。ため息すらつかなくなった私は、お札を財布に入れ、服を着替えて勉強道具の入った鞄と底の広い薄手のエコバッグ、そして水の入ったペットボトルを持って、夕暮れ時に家を出た。  私はほぼ毎日、駅裏のスーパーマーケットに行く。この店は周辺の店よりも食品が安い。いつも夕飯の弁当と明日の昼食のパンを買ってから駅前の塾に向かうのだ。  塾から五分とかからない場所にあるその店は、高齢のオーナー店長が生きがいと意地で開いている店なので、体調の面から閉店時間が早く、塾が終わる頃にはシャッターが下りている。まだ弁当や惣菜が半額にはなっておらず、定価や三割引きの商品から選ぶ事になるが、コンビニで買うよりはずっと安い。  昨日は売っていなかった秋限定の弁当を手に取った私は、ちょっと良い気分になりながら会計をすませ、店を出た。エコバックの中には、茸づくし弁当と割り箸、昼食のパン三つ、そして財布が入っている。小銭が減って軽くなった財布にニヤリと笑いながら、駅に向かった。  財布にお札が三枚以上入っている時、塾に向かう前に駅ナカのATMに立ち寄ることにしている。今日はそこで、千円札三枚と、塾のテキストから挟んであった県外にある地銀のキャッシュカードを取りだした。このカードは、私がこの街へ越してくる前、小学生の頃に学校の方針で作ったものだ。  私の通っていた小学校では、子供の頃から貯金の習慣を見につけさせるというもので、授業の終わりに親と郵貯口座を作りに行くか、放課後に教師や見守り係の保護者達と共に学校前の地銀で口座を作るかを選ぶ事になっていた。子供の為に手間や時間をさく事をあまりしない親が選んだのは地銀口座で、当時から小遣いをもらっていなかった私には、無用の長物だった。  中学一年生の時にこの街へ転校してきた頃から、帰宅時間の遅くなった親は、私に昼食代と夕食代を渡すようになった。それまでは、親が買ってきた弁当やパンを受け取って食べていた。お年玉などの臨時収入は、親の管理する郵貯に入れられて手元には来なかった私にとって、初めて自由に使えるお金だった。  昔から、親は私にお金を渡すことを嫌がっていた。だから私にお使いの時などはワザとレシートを貰わず、百円以下の安いお菓子やジュースを一つ買ってからお釣りを親に渡していた。小遣いやオヤツを貰えない私を見かねた小学生からの親友がアドバイスをくれたのだ。定期的な親からの手荷物検査で貯金の難しい私に、ばれない程度にちょろまかして買い食いしてしまえと。お使いでレシートを持って返らない私に、鬼のような顔をした親は何度か思い出したくないような罵倒を浴びせた。だが、しばらくすると私を愚かだと思ったのか見下すような態度をしつつも何も言わなくなった。  私を馬鹿な子だと思っている親は、この街に来てから忙しさで以前よりも余裕がなくなり、厭味が増えたが、細かい事を気にしなくもなった。前の街より物価が高いけれど、探せば安い店があることに気がつかない。携帯電話を持っていない私は、最初に受け取った夕食代でテレホンカードを買って、公衆電話から親友に相談した。この好機にどうすれば良いのかと。頭の回る親友は、使っていない地銀口座を思い出し、食費を節約して貯金をする方法を考えてくれた。その後、親に気づかれないように通帳とキャッシュカードを隠し、商品の安いスーパーマーケットを見つけてから、少しずつ貯金をしている。  親に隠しながら貯めたこのお金は、友情に支えられた私の努力の成果だ。  ATMで三千円を入金した私は、塾の空き室で早めの食事をしようと塾の方向を向いた。その時、鞄に入っている大きめの筆箱の中から着信音が響いた。親友が自分の名義で契約してくれた小さなプリペイド携帯を筆箱から取り出した私は、何よりも大切な親友に向かって言った。 「やっほー、マコちゃん、今日も資金が貯まったよ」  親友がいる街にいつか帰る為の努力の報告を。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!