論より証拠

21/30
190人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
すると、幸守はニヤニヤと笑った。それを見ただけで、左門寺は彼が考えていることを推理してしまう。そしてその答えは、左門寺にとっては勘弁してほしいほど嫌なことであった。「ダメだ、それは絶対にダメだ」と、左門寺は幸守に言ったわけだが、幸守はまったく聞く耳を持たなかった。 その左門寺が勘弁してほしいほど嫌なことというのは、幸守に彼の講義を聴かれることであった。これは以前にも一度されている。その時も緊張していたわけではないが、講義室の端の席に座ってこちらをじっと見ていることが気になって講義にまったく集中できなかったのである。そして今回も、視界の端で幸守の姿がちらついて、講義に集中できない。いつもはしない言い間違いなんかもしてしまうし、たまに自分の書いたノートの文字すらも読めなくなってしまうほど、彼の集中力は欠かれてしまっていた。講義を受けている学生たちも、いつもは完璧に講義を整然とこなす左門寺先生が、今日、いや、今回の講義ではなぜかミスを連発するものだから、学生たちはいつもと違う面白さをその講義に感じていた。加えて、いつもは見かけない幸守の姿を見て、うちの学生ではないことは確かだが、あの人はいったい誰なのか______など、学生たちの間ではコソコソと話し合いが交わされていたのであった。 講義が終わって、学生たちが講義室を雪崩のように一斉に出ていく。左門寺は一人残った幸守のところへゆっくりと歩み寄り、「君のせいで僕の講義はぐちゃぐちゃだよ」と言った。 「そんなことなかったぞ?これで二度目だけど、面白い講義だった。小説の勉強にもなったよ」 「前にも言ったはずだ。もうこんなことは二度とやるなと」 「そんなこと言うなって。俺たちの仲だろ?」 「“親しき仲にも礼儀あり”だ。僕にだって踏み込まれたくないところがある。君にだってあるだろ?」
/174ページ

最初のコメントを投稿しよう!