関所越え

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関所越え

 国境を越えれば、追撃者も追っては来られまい。ドニスとフアナは国境を目指した。  しかし、カドマスはこの国の影の支配者である。聖剣を持つ少女を逃がすなと、国中に命令を出しているに違いなかった。  さきほどの襲撃で、荷物は全部失っている。食料もなければ、ドニスの盗んだ貴金属もない。けれどドニスに不安はなかった。  フアナ一人がいればそれでいい。  二人で乗る馬上にて、フアナの体温を感じながらそう思った。 「しかし、こんなに小さいのが聖剣なのか?」 「だと思いますけど……」  見た目は古くさいナイフである。さすがのカドマスもこれが聖剣だとは思うまい。  聖剣は勇者が魔王を倒した伝説の剣。フアナの一族がこれを代々守り抜いていたというが、これで魔王を倒したとは信じがたかった。 「……やっぱり、張り込まれていたか」  国境にある関所には大勢の兵士が待ち構えていた。 「カドマス!!」  フアナが叫んだ。  その先にひときわ装飾の凝った甲冑を着た騎士がいた。  聖剣の持ち手として、聖騎士の称号を新たに授かったカドマスだ。 「パトリックの娘。まさか、心臓に突き立てられたナイフが聖剣だったとはな」  あっという間に兵士に囲まれてしまう。強行突破を諦め、二人は馬を下りる。 「カドマス、父の仇っ!!」  フアナはナイフを構える。 「ほう。それが聖剣か」  カドマスは腰に下げていた長剣ではなく、ナイフを抜いた。 「それは……」  フアナと同じような刀身のナイフだった。柄は長剣に合わせて豪華な装飾がこしらえられている。 「聖剣は長剣である……。思い込みを利用したトリックだったのだ。かつて魔王を倒した勇者は1本の聖剣をいくつかに分割し、子孫に分け与えた。これもその一つ」 「聖剣がたくさんある……?」  これはフアナも知らない事実だった。 「よく考えたものだな。聖剣の欠片を集め、元の1本に戻した者が勇者の後継者として覇権を得る。実にシンプルで分かりやすい」  カドマスはナイフを鞘に収め、「やれ」と配下に合図する。  兵士たちが一斉に矢を射かけてきた。 「くっ……」  二人は馬を盾にして矢を防ぐが、矢は容赦なく連続して降り注ぐ。 「この野郎! 正々堂々と勝負しやがれ!!」 「一騎撃ちなどくだらん」  カドマスはドニスの挑発に乗らなかった。 「ドニスさん、私が行きます」 「無理だ、飛び出したら死ぬぞ!」 「父はテシエ家の宿命を私に託したのです。カドマスが聖剣を持つことを決して許さないでしょう」 「けど!」  フアナが大怪我をしても無事なのは分かっている。しかし、少女に痛い思いをさせたくないのだ。何より、少女一人に行かせるのは格好がつかない。 「俺も行く!」 「それこそ無茶です! 死んでしまいます!」 「いいや死なないね。君を妹に会わせると言ったろ。こんなところで立ち止まってられるか!」 「ドニスさん……」  フアナにもドニスの覚悟が分かった。フアナは少し考えて応える。 「分かりました。私が囮になります。その間にカドマスを。奴させ倒せば、状況は変わるはずです」 「……分かった。それで行こう」  多勢に無勢。正攻法はなく、大将一点集中でやるしか勝機はない。 「ドニスさん、約束してください。どうか死なないで」 「ああ、約束だ。生きて関所を越えよう」  二人は手を握り合い、頬にキスをした。  それぞれ武器を握りしめ、まずフアナが飛び出した。  矢がフアナめがけて降り注ぐ。フアナは矢を受けながらも、関所の門へと突き進む。 「うおおおおおーっt!」  ドニスもまた飛び出した。  脇目を振らず、一直線にカドマスのもとへ向かう。 「フアナの仇討ちだあああ!」  剣を思いっきり振り回す。  カドマスは造作もなく、一歩引いて回避する。 「寄るな、小僧」  剣で切りつけられても、カドマスは剣を抜かない。 「なめやがって!」  さらに深く踏み込んで一撃。  しかし剣によって受け止められてしまう。 「よし!」  カドマスに剣を抜かせた。ただそれだけのことだが、ドニスはそれが大きな一歩のように感じられた。  ドニスは盗人、カドマスは騎士。剣の腕では決して敵うはずないのだ。  ドニスはカドマスに剣を振らせまいと、連続して切りつける。カドマスはすべて防ぐが、攻撃には転じられない。 「小癪な……」  剣がダメなら体力で勝負するしかない。息が切れたところを仕留める。ドニスの猛攻は続く。 「へっ、バテてんじゃねえぞ」 「小僧……」  カドマスは攻撃をしかけようとするが、足がふらついて姿勢を崩した。 「今だ!」  ドニスは甲冑ごとを叩き割らんと、飛びかかって剣を振り下ろした。 「馬鹿が!」  カドマスは片膝をついたまま剣を巧みに操り、ドニスの剣を跳ね上げ、そのままドニスの体を刺した。 「ぐわあああーっ!?」  ドニスは激痛に地面をのたうち回る。 「死ね」  カドマスは剣を逆手に持ち、とどめを刺さんとする。  しかしそのとき、関所で爆発が起きた。 「何事だ!?」  関所の門が破壊され、大勢の兵士が倒れている。  火薬に引火して爆発したようだった。そんなことをするのは一人しかいない。  フアナだ。全身に矢が刺さっているが、それでも平然と立っていた。 「馬鹿な……」  あれだけの攻撃を受けて死なない。カドマスは驚愕する。これが聖剣の力なのかと思うが、自身はそのような力を授かっていない。 「お前の相手はこっちだ!」  さっきまで倒れていたドニスが立ち上がり、切りつける。  だが、すんでのところでかわされてしまう。 「死に損ないが!」 「ぐあっ!」  ドニスはなんとかカドマスの剣を受けるが、その威力に剣がへし折られしまった。 「今度こそ死ね!」  カドマスが剣を振り下ろす。  ドニスは死を覚悟した。今度こそ避けられない。  しかし、剣はドニスには届かなかった。  直前にフアナの体に刺さったのである。 「フアナ!?」  フアナは両手でカドマスの剣をつかみ取るように持っている。だが、剣の勢いを殺すことはできず、刀身はフアナの肩に食い込んでいた。 「ぐっ……」 「貴様、正気か……」  身を挺して刃を受ける。普通の人間に出来ることではない。しかし、フアナは違った。 「カドマス……。聖剣はあなたにはふさわしくない……」  フアナは痛みで痙攣する腕で、カドマスにナイフを突き入れた。  ナイフは頑丈な甲冑をバターのように切り裂き、肉体に達した。 「ぐおっ……」  カドマスが血を吹き出し、持っていた剣を落とす。 「こんなこと……あろうはずがない……」 「私も思ったわ。父が子を殺すようなことあってはいけないって」  フアナが聖剣を持ち、カドマスににじり寄ると、カドマスは狼狽しながら後退する。 「やめろ! 俺は聖騎士だぞ! 聖剣を持つべき人間だ!」 「違う。聖剣はあなたを選ばなかった。父の仇!」  フアナはカドマスに聖剣を突き立てた。 「うおおおお……」  カドマスの体が溶けていく。まるで液体になったかのように泡ぶくとなり、地面にしみこんでいき、そして消えた。 「カドマス……」  ドニスは、また不思議な場面を見せられてしまったなと思った。これも聖剣の力なのだろう。  カドマスがいたところにはナイフが落ちていて、フアナが拾い上げた。 「二つ目の聖剣……。これもまた、カドマスが誰かを殺めて手に入れたのかしら……」  フアナは悲しそうにつぶやいた。 「やったな、フアナ」 「ドニスさん、お怪我は!?」 「平気平気、こんなの唾つけときゃ治るって」  ドニスは貫かれた肩を押さえている。 「もう……。無理なさらないでくださいよ」 「ああ。だけど、約束は守ったぞ」  ドニスは腕を上げる。 「はい。私もです」  フアナはにっこりと笑い、ドニスの手を両手で優しく包んだ。 「じゃあ、行こう。国境越えだ」 「はい!」  もはや行く手を阻む者はなく、二人はゆっくり関所を抜け、国境を越えた。  そのころには、ドニスの剣で刺された傷はすっかりなくなっていたといわれている。
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