(1)遅く起きた朝に

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(1)遅く起きた朝に

 暖かい何かに包まれながら、奥田圭介は目を覚ました。  カーテンの隙間から、僅かながら光が差し込むその部屋は、いつもの見慣れた自室ではない。  動きの鈍い頭をそれでも働かせて、必死に記憶を手繰り寄せるに従い、その場から動けなくなった。  自分がどこに寝ているのか、想像がついてしまったからだ。  このしっとりとした暖かさ。  まるごと近衛の胸のなかだった。  目の前には紺色のシャツがある。聞こえるかすかな呼吸に合わせて、胸が規則的に上下している。腕のなかにすっぽり抱かれている状態だ。 「……!」  思わず声に出そうになって、慌てて止める。  圭介は思う、この人の安眠を邪魔してはいけない。  しかし、場所と状況を自覚すると不思議なもので、途端に身体中の体温が上昇するのが分かった。  どうしよう、このままじっとしていていいのか……。ただ、少しでも動けば起きてしまいそうだ。  近衛の睡眠を守るためには、じっとしている方がいいに違いない。  なにしろこの年上の従兄は激務だと聞いている。  入院中も、よくなんでこの人この時間に職場にいるの? と疑問に思う時間帯に病室を訪ねてきたり、そのまま朝になって顔を合わせて、帰っていないのでは……と少し心配になったこともある。  仲良くなった看護師に聞けば、帰宅しても緊急時に呼び出されることも度々あるようで、なかなか心も安まらないのではないかと思うのだ。  圭介は、首をずらして近くで眠る年上の従兄を見上げた。安らかな表情で眠っているが、目元は少し疲労感が漂っているようにも見える。  この従兄は、少し仕事で無理をしすぎるところがあると兄の尋生や主治医の日向から聞いたことがある。  健康的な肌色に褐色の髪。閉じた長いまつげに前髪がかかっている。世間で言うところのイケメン……いや、美丈夫と言っても差し支えはないだろう。  そして、開襟シャツから覗く、艶めいた鎖骨。  輪郭が綺麗な首筋と襟足。その先にはすらりとした曲線を描く背骨があるはずだ。昨夜はそれらをぼんやりと眺めた。そう、あの首にかじり付いて……。  そこまで考えて、圭介は赤面する。ここまでくるともう止まらない。視覚が蘇ると、ほかの感覚も戻ってくる。  ひー。どうしようと、圭介は一人で慌てる。  昨日はこの首にしがみついて、必死にその想いを受け止めた。  熱い肌。快感を逃がすように漏らす、小さなため息が何度も聞こえた。  なんて色っぽい声なんだろうと、何度もうっとり思った。 「……愛してるよ」  溢れるような想いを乗せて告げられた愛の言葉に、圭介は溜まらないほどの快感が身体の中から沸き起こった。息も継げないほどに快感を与えられ、愛の言葉を告げられ、大切にされて。  それが初めてのセックスだった。  そこまで思い出して、圭介は下半身に異変を感じる。  うわ。まじで。思わず興奮してしまった。  それを逃がすために身体をよじったら、抱える従兄が眠たげな声を漏らした。 「……ん。けいす……け……?」 「お、おはよ……」  近衛は、胸の中に居ることを確かめるように一度だけ、身体をぎゅっと抱きしめてから離した。  少し体勢が楽になる。 「おはよう……」  少し寝起きが悪いらしい。やはり熟睡しているところで起こしてしまったのだろう。もうすこしゆっくり寝ていて欲しいと、腰を抱く右手からすり抜けようと身体をよじったところで、ありえない場所から痛みが襲ってきた。 「ん……」  腰下というか、下腹部というか、尻というか、その奥というか、なにしろその辺り一帯だ。圭介は思わず声を漏らし、動作が一時停止した。 「圭介……?」 「う、ううん。なんでもない……」  正直に言えば結構怠い。いや痛い。なんでもないどころではない。起きるのも躊躇うレベルで違和感があるのだ。そう考えてみると、身体中に疲労が溜まっていて、動かすのも億劫で。それを近衛に正直に言うと、何をされるのかと少し不安になる。 「……身体辛い? 昨日は、ちょっと無理をさせたと思う」  ……自覚あるんだと思ったが、自分を想って選んでくれた体位を跳ね除け、わざわざしんどい方がいいと言ったのは自分だし、この年上の恋人は終始自分を気遣ってくれていたと圭介は思う。  とはいえ、あまり最後の方は記憶にないのだが……。 「最後は寝落ちしたしな」  その言葉に圭介は恥ずかしくなり、布団で顔を隠した。  記憶違いではないらしい。たしかに、寝落ちした。しかも浴槽のなかで。  あれから記憶が途切れるようにないのだ。  近衛の気遣いで、事後に再び二人で風呂に入った。互いの身体はローションや体液にまみれていて、すっきりさせたいと圭介が言うと、もう一度風呂を沸かしてくれたのだ。  近衛が足腰が立たなくなった圭介を優しく運んでくれ、そのまま甲斐甲斐しく身体を洗ってくれた。  自分でできると言ったのに、爪の先から脚の先まで、圭介の世話ができるのは俺の特権だからやらせろ、と何もさせてくれなかった。  ふたりで湯船に浸かったが、ベッドをきれいにしておくと先に上がった近衛の姿が見えなくなったとたんに、圭介の意識が暗転した。  記憶はないが、近衛が気がついて風呂から上がらせてくれたのだと思う。  だから、パジャマを着ているのだろう。 「のぼせたのかと思って焦ったよ」  きっと、近衛にかなりの面倒をかけさせてしまったに違いない。 「ごめん……」  圭介の謝罪に近衛がぐっと抱き寄せる。 「お前のごめんは必要ないよ。湯船で寝てるのを見つけたときは肝を冷やしたけど、それだけ体力を消耗したんだろう」  まだまだ寝ておけ、と近衛が圭介の耳の後ろにキスを落とす。近衛の舌が首筋を這い、背中に回る手が腰回りをさする。  やばい……反応しそう……と圭介が思うと、近衛がぎゅっと抱きしめて、圭介を離した。 「俺の理性が切れそうだから、とりあえず朝食を準備しようと思う」    近衛は、ふっと笑ってベッドを這い出た。そして、椅子にかけてあった、ジーンズと黒いセーターを手にして、着替えた。   「お前はまだ寝ておけよ。できたら呼ぶから」  そういって部屋を出ていった。
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