プロローグ

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プロローグ

 俺の名前はミリモス・ノネッテ。  とある町の宿の一室で、ベッドに腰を掛けている。  目の前には、一人の老人がいる。  彼は俺の祖父――と騙って宿をとった、俺の守役のアレクテムだ。 「ミリモス王子。このような粗末な部屋しか取れず、申し訳ございません」  アレクテムの言葉に、俺は周囲を見回す。  一つの部屋にベッドが二つがあるだけの簡素な部屋だ。  前世で大学受験の際に泊まった、ビジネスホテルを思い出す。  懐かしさを感じて笑顔になりながら、俺は言う。 「『アレムお爺ちゃん』。気にしなくてもいいよ。戦争のおこぼれを狙って宿に泊まった人が多て、部屋が余っていないって、宿の人が言ってたしね」  孫らしい口調で、アレクテムが宿帳に書いた偽名で呼ぶ。  アレクテムは六十歳ほどで、俺は十三歳。この年齢差で、祖父と孫の関係にした方が宿の人に疑われない、という判断だ。  俺が子供っぽい口調を使ったからか、アレクテムは驚いた顔をしてから苦笑いになる。 「そうってもらえると助かるぞ、『ミモ』。さて、この部屋の戸締りを確認したら、やってもらわねばならないことがあるんじゃが、平気か?」  アレクテムも祖父らしい言葉になった。  これで誰かに聞かれていても、俺たちがとある国の王家の人間だとは気付かないだろう。 「わかっているよ。もうそろそろ戦争が始まるから『鳥を飛ばす』んでしょ。貸して」  アレクテムが背嚢から取り出したのは、木製の鳥。手のひらほどの大きさ。  姿形は『フクロウ』や『ミミズク』に似ているが、この世界では『アイビス』と呼ばれている。  俺は、その木製の鳥を受け取って、両手で包む。  そして魔力を送り込みながら、呪文を唱える。 「動けよ、動け。仮初の生命よ。飛べよ、羽ばたけ。偽りの翼。見よ、映せ。洞の目の景色を水晶へ。我が意に従い、機動せよ。インヴィア・ムヴメイ」  呪文を締めくくると、木製の鳥が手の中で羽ばたき始める。木で出来ているはずなのに、羽ばたきの柔らかさは、本物の鳥のようだ。  俺はアレクテムが少し開けた窓へ進み、手中のものを空へと投げ放つ。  木製の鳥は大きく羽ばたくと、空高くへ飛んでいく。フクロウに似せた造形だからか、羽音はとても小さい。  よしっ。魔法は成功した。  俺が小さくガッツポーズしていると、アレクテムが背嚢の中からピンポン玉ほどの水晶を取り出し、こちらに差し出してきた。 「ミモ。次はこっちを頼む」 「任せてよ、お爺ちゃん」  俺は水晶を受け取り、魔法を使う。 「移り行く景色、鳥の目の光景。水晶よ照らし出せ、遠方の現在を。イムジプ・ロコル」  魔法が完成し、手の中の水晶が輝き始める。  アレクテムが戸締りの確認を終え、部屋のランタンの明かりを消しながら、こちらへ頷く。  俺は、水晶をベッドの上に置く。  水晶から出てくる光は、プロジェクターのように茶色い壁に向かい、そこに造影を映し出した。  現れた映像は少し画像が荒いが、先ほど俺が放った木製の鳥が見ている景色。つまりは空から地面を映している。 「うんうん。しっかり映っている。拾った魔導帝国マジストリ=プルンブルの偵察用ゴーレムを、解析して真似しただけはあるや」 「しーっ。それは秘密ですぞ」 「おっと、うっかりしたよ」  俺は、余計なことを喋ってしまった自分の口に手を当てて、苦笑い。  アレクテムも苦笑いを返しつつ、壁に移る映像を眺めていく。  木製の鳥が見る光景は、俺たちがいる町から離れ、森を越え、やがて平原へと到達する。  そこには大勢の人――いや兵士が集まっていた。  一万人はいるだろうか。全員が胸鎧と兜をつけている。手には杖のような長いモノを持っている。  その集団の先には、また別の集団。  こちも一万人に届きそうな人たちが居て、多くの人が全身甲冑を着ている。中には馬に乗っている人もいる。その馬にも、鎧がつけられている。  そんな二つの集団は向かい合いながら、なにか相手へ言葉を投げつけているようだった。  残念なことに、あの木製の鳥は、映像は送れても音声は拾えない仕様だ。なにを言っているのかはわからない。  そのまま見ていると、両陣営が一斉に動き出した。  胸鎧と兜の集団が、杖を持ちながら方陣を敷き始める。  全身甲冑の集団は、馬に乗る者を先頭に、全員が一斉に相手への突撃を始めた。  俺は咄嗟に木製の鳥に命じて、さらに上空高くに移動させつつ旋回させ、戦場を俯瞰させる。 「ミモ、よく見て観察しておくとよい。これが、この世界で最も強い二国――魔導帝国マジストリ=プルンブルと神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルが戦う、その様子じゃからな」  アレクテムの言葉に従い、俺は映像を注視する。  しかし頭の中では、これはもう勝負が決まったと考えていた。  なにせ片方は方陣を組み、もう片方は隊列もなく突撃するだけ。  魔法や神聖術がある世界とはいえ、前世の知識に照らし合わせれば、全身甲冑の側である神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルが勝つ未来が見えない。  事実、魔導帝国マジストリ=プルンブル側が敷いた方陣にいる兵士が、長い杖から魔法を連発を始める。  その魔法の威力は強力で、一発の火弾が地面に着弾すると、前世で戦争映画にあった迫撃砲の攻撃かと思うほどの大爆発を起こしている。  あれの直撃を受けたら、全身に鎧を着てても、木っ端みじんになりそうだ。  だから俺は、魔導帝国マジストリ=プルンブルが大勝するとしか予想できなかった。  しかしその考えは、現実に裏切られることになる。  迫撃砲のような爆発魔法を食らった全身甲冑が、爆炎の中から平然と現れ、ごく普通に走り続けていた。 「……魔法の直撃を食らったのに、平然としている人がいるんだけど?」 「神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルは、肉体を強化したり魔法を弾く特性を持つ神聖術の先駆けですぞ。魔導帝国マジストリ=プルンブルの木っ端兵士が戦術杖で放つ魔法程度、投石以下にしか感じますまい」  アレクテムの口調が、祖父から守役のものに戻っている。  しかし俺は、あえて孫の口調を続ける。こっちの方が、話すの楽だしね。 「それって、魔法が効かないってことだよね。じゃあどうやって魔導帝国マジストリ=プルンブルは、五十年も戦い続けることができているの?」 「その答えは、いままさに行われようとしてますぞ」  アレクテムが指したのは、方陣の一つ。  そこでは、一発の魔法で倒せないのならと、一人の全身甲冑へ集中攻撃を行っていた。流石に一秒間に十数発も撃ち込まれると、防ぎきれないようで、狙われた相手がバラバラに吹き飛ぶ。  続いてアレクテムが指すのは、最前衛の方陣ではなく、少し後ろで列を作っている人たち。  彼ら彼女たちの装備は、方陣を構える人たちとは少し違っていた。  一つ一つの杖がやけに大きく、そして持ち手が三つに分かれていて、三人がかりで持っている。そして俺が使っている木製の鳥に似た――というより元となった魔導機の鳥を上空へ放つ。  魔導の鳥によって、突撃してくる神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの兵士や騎士の詳しい位置を掴んだらしく、大きな杖がそれぞれ違う地点へ向けられる。  少しして、魔法が発動。  直後、ミサイルが直撃したのかと思えるほどの、巨大な爆炎が地面から上がった。  爆炎は杖の数と同じで――つまり十数個もの巨大な炎が地面の上に現れている。  爆風は上空高くにまで達したようで、木製の鳥から送られてくる映像が激しく揺れている。  少しして映像の揺れが収まると、さらに驚きの光景があった。  あの巨大な爆炎の中から、馬に乗った騎士が飛び出してくる。それも何騎もだ。そして走る勢いのまま方陣に突っ込み、多数の魔導帝国マジストリ=プルンブルの兵を血祭り――いや、血煙に変えていく。  魔導帝国マジストリ=プルンブル側もやられてばかりじゃない。魔法の光を放つ剣を持つ部隊が現れ、神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの騎士たちと戦い始める。  両者の剣が振るわれる圧力で、兵士たちが吹っ飛んで地面に転がる。しかしその現象は慣れているのか、兵士たちはすぐに起き上がると、方陣の再編成に入っていた。 「……なんだこれ」  あまりの光景に絶句していると、アレクテムが笑った。 「はっはっは。ミリモス様の兄君様たちも同じ感想を言ってましたぞ。まあ数年おき一度の戦争を、五十年間行ってきた二国ですからな。両者の技術は、はるかな高みに進んでしまっているのですよ」 「笑いごとじゃない。あの大きい杖が一斉に火を噴けば、我が国なんてあっという間に焦土だよ。鎧甲冑の騎士だって鉄壁すぎて、我が国に一騎攻めてくるだけで、兵士が全滅しかねない」 「だからこそ、あの二国には誰にも逆らえんのですよ」 「この景色を見ればわかるよ。それと、俺の役割の大変さがね」 「ミリモス様は、年若くとも我が国の軍の頂点に就かれました。我が国の平穏を保つためには、あの二国を刺激しないように、周辺国と戦争をせねばなりませぬぞ」  俺は、無茶振りにもほどがあると思いつつ、どうしてこんな奇妙立場になったのか回想せずにはいられなかったのだった。
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