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 男の腕の中にいるのは白鳥 唯(しらとり ゆい)男性Ωで線が細くとても美しい容姿をしていた。  αは黒川 環(くろかわ たまき)αにしては小柄だがこちらも美しい容姿をしていた。  そして、男の名前は五月 悠馬(さつき ゆうま)野性味あふれる逞しい見た目のβであった。  実はこの三人がこういった状況になることは初めてではなかった。  今年に入って四回……いや、五回だったか。 「黒川先輩も落ち着きましたか?」 「――――あぁ、大丈夫そうだ」  黒川を見た悠馬は眉根をへにょりと下げた。  黒川の腕の噛み跡に気づいたのだ。  血は止まっているようだがその傷跡は痛々しかった。 「腕を……。白鳥先輩が落ち着いたら腕の手当てさせてください」 「あぁ、頼むよ」  黒川は痛みを堪えてにっこりと笑った。  落ち着いた白鳥を抱えたまま空き教室を出る悠馬。  白鳥は悠馬に気づかれないように黒川にあっかんべーをした。  そして唇だけで『次こそはものにする』  黒川も負けじと『俺がものにする』と唇だけで告げた。  さて、ここで間違ってはいけない。  この二人がものにしたがっているのは、お互いではなくβの五月悠馬のことだった。  最初は事故だった。  それまできちんと抑制剤を飲んでいた白鳥だったが、運が悪い事にその日は飲み忘れてしまっていたのだ。  そのせいでヒートが起こりたまたまその場にいた黒川がラットを起こしてしまった。  今回のように黒川は耐えたが、フェロモンの誘惑に抗えずあわやというところで悠馬が助けに入ったのだ。  白鳥は、緊急抑制剤を打たれ頭がはっきりしてくるにつれ自分がわざとヒートフェロモンをあてαを落とそうとしたと勘違いされたかもしれない、と思った。  そんなのは自分のプライドが許さなかった。  くやしさに震える白鳥を悠馬は優しく撫でて「大丈夫ですよ」と言った。  王子様だと思った。  黒川にしてみても突然引き起こされたラットから助けられたことになる。  そして黒川を責めることなく心配そうな眼差しを向けた。  王子様だと思った。  二人はαでもΩでもなく、目の前のβに同時に恋に落ちたのだ。
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