選択の時

1/1
2317人が本棚に入れています
本棚に追加
/93ページ

選択の時

煌めく光から隠れるように 手と手を取り合い夜の闇へと溶け込む男女の影があった。 太陽の下では永久の春と言わんばかりに咲き誇る花々も今宵は月に抱かれ眠るのみ。 穏やかな風が草木を揺らし、二人の間にはお互いの心の音が聞こえ漏れてしまいそうなほどの静寂があった。 賑やかな会場から切り取られたかのような空間には二人だけ。 バルコニーの奥に続く夜の庭園は王宮から離れていくほどに静かな闇と、夜空に輝く星が待つばかり。 背の高い木立を抜ければ、運命を司る女神像と天使像が立ち並ぶ噴水の広場までやってきた。 月の光に照らされた二人の姿は対の人形のように完成されていた。 月の慈愛の光を受け、金糸の髪が穏やかに光りを返す。 俯いていた令嬢の柔らかい銀の髪がさらりと肩の上を滑り落ちた。 その様子は、まるで結ばれていたはずの運命の糸がするりと解け落ちたようで。 あっけなく目の前から流れ落ちていった星の軌跡のように輝く銀の髪を一房、金の髪の男の手がゆるりと持ち上げ令嬢の耳へとかけ戻す。 令嬢はそうされることに慣れているのか、近づいた手を払うことはしない。 しかし、男の手はそれ以上 令嬢に触れようとはしなかった。 令嬢はふるりと睫毛を揺らし、ゆっくりと品よく結ばれていた唇を開いた。 「本当に……側室にだなんて、もうそれしかないのですか」 空気が揺れる。 「あぁ、泣かないでローズ」 「泣いてなど……おりませんわ。  わたくしたちは、まだ婚姻しておりません。それなのに……これからなのに……」 「予定が早まっただけだ。王族にはそれぞれ役割がある。そう、言ったよね?」 「はい……」 「婚姻は政略だ。血で繋がりを、子を生し、国と国の同盟を強化させる。 国内貴族の出であるローズが、現在妃として内定しているのも政治的なものだ。 情勢が変われば、ローズが側室になるのもありえる」 「はい」 「側室が一人増えようが、心は変わらないのだから。安心していいんだ」 静かに伏せられていた銀の睫毛がゆっくりと上がり、強い光りを内包した紫の瞳が目の前に立つ男を射抜いた。 「それでは、わたくしは─────」 女神像の手に立ち止まっていた鳥が、円らな瞳で二人の影を見つめていた。
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!