黄昏タイムカプセル

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 今日はタイムカプセルを開ける日だ。僕は誰かに操られるように支度を始め、母校のすぐ近くにある雑木林へと歩を進める。外は夕暮れで空は赤く染まっていた。  その雑木林を少し奥に入ると、一本の大木が見えてくる。大きな大きな桜の木だ。年老いているから満開にはならないが、春には必ず少しだけ花を咲かせる。  その桜の木の下に、既に友人三人が立っていた。この四人で十年前にタイムカプセルを埋めたのだ。  「ごめん、遅くなった」 僕はそう笑った。きちんと笑えているかだけが、心配だった。 「お、スーツ着てるよコイツ。張り切ってるね」 友人の一人がそう茶化した。そこで初めて、僕はスーツで来たことに気がついた。  僕はスーツが汚れるのも構わず、手に持ったスコップでその桜の根本の土を掘っていく。  案外すぐにガツンという金属音がした。僕はスコップを置き、手で軽く土を払っていくと、両手サイズのアルミ缶が出てきた。  「玉手箱見たいじゃね?」 「…みたいじゃないよ」 僕は反論するように、そう呟いた。これは紛れもない玉手箱だ。 「玉手箱ってさ、浦島太郎が開けてジジイになった箱だろ?」 「じゃあ、俺らもそうなったり…」 俺を除く三人で盛り上がり始めたけど、僕はどうしても笑えなくて、唇を噛む。  「開けるよ」 僕は口の中でそう言った。手が震えているのには見て見ぬふりをして、缶を開ける。  その中に入っていたのは、ただの写真だった。そう、ただの四人で写った…最期の写真だ。  それを見た瞬間、僕の頬に涙が伝う。止まることなく、静かに溢れ落ちていく。  あぁ、いつだっけ。夢を見始めたのは。夢の中で血塗れの子供三人が自分の口元に人差し指をあてて『shhh』と笑ったのは。  あぁ、いつだっけ。記憶の穴に気付いたのは。足りないピースを探し始めたのは。  あぁ、いつだっけ。あの事故は。  あぁ、いつだっけ。三人を弔ったのは。  「やっと気付いたよ、コイツ」 「いい加減、目を覚ませよ」 「俺たちもそろそろ行かないと」  そうだった。もう夢は終わりだ。今日で十年だ。立ち止まっているのには長すぎる時間が過ぎた。  なんで、自分が黒いネクタイをしてきたか、やっと分かった。ちゃんと体は覚えていたんだな。  僕はタイムカプセルと写真を手に持って立ち上がる。  もう周りを見ても、誰も居なかった。元々居なかった。  ふと、夕暮れ時は黄昏時ということを思い出した。そして黄昏時はあの世とこの世が近くなってなることも。  黄昏時はもう終わり、空は藍色に塗り変わっていた。  玉手箱を開けてしまった浦島太郎は、どうやって現実を飲み込んだのだろう?どうやって、この虚無感を受け止めたんだろう?  失くして、閉じて、口を塞いで、知らないフリして笑っていた方が幸せなのかもしれない。けど、僕はきっと前を向くために開けたから。  今日はタイムカプセルを開けようと思ったんじゃない。開けなければならない日だった。  次は、君たちが眠ってる場所に逢いに行くよ。  もうすぐ桜が咲く。やっと、僕らにも春が来た気がした。
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