おとす、おとす。

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おとす、おとす。

 落し物として、携帯電話というのは比較的多いだろう。  例えば男性は、スマートフォンの類をズボンの尻ポケットに入れて持ち歩いていたりする。そうすると、後ろからするっと抜けてしまっても気づかなかったりするのだ。かつん!と派手な音が立てばともかく、それこそ椅子から立ち上がる時に落ちたりすると、音がしにくい。それで、そのまま振り返らずに立ち去ってしまうこともあるんだそうだ。  女性でも携帯を忘れてしまう人間は少なくない。ベンチに座って携帯を見て、ちょっと脇に置いて化粧を直すなり飲み物を飲むなりしてそのまま――というような。ゆえに、基本的に何処で休むにせよ立ち上がる時は一度振り返る癖をつけた方がいいのである。子供の頃忘れ物大魔神だった私は、そのあたりのことをみっちり母に叩き込まれたのだった。まあ、それで忘れ物を全部なくせたかというと、残念ながらそんなこともなかったわけだが。  それゆえだろうか。OLとしてばりばり働くようになった今、人の“忘れ物”や“落し物”に気づく機会が増えたのだ。自分が忘れっぽい人は、やらかしポイントを正確に把握しているということなのかもしれない。 「あー……」  先輩達に付き合わされた飲み会の帰り。家に帰るまでに、一休みしよう。駅前広場のベンチに座ろうとした時、私はその“落し物”に気づいた。話の流れでも分かるように、携帯電話である。ピンク色のカバーがかかっていて、あちこち花柄のシールがついていた。誰がどう見ても、女性の持ち物であるとわかる(まあ、女性的な趣味の男性やそれ以外、という可能性もなくはないが)。きっと私と同じようにベンチで休んで、そのまま忘れていってしまったのだろう。  終電も近い、夜の駅。既に人影は疎らである。夜勤帰りの疲れた顔のサラリーマンか、飲み会の帰りで顔の赤い中年のおじさんくらいしか歩いていない。ややぐったりとうつむきがちに信号待ちをする彼らなどはきっと、ベンチに置かれた小さなスマートフォンの存在など気づきもしていないのだろう。  他の忘れ物ならば自分もスルーしたかもしれない。しかし、さすがにスマートフォンというものはまずい。拾われて誰かに悪用されるなんてこともあるかもしれないし、少なくとも個人情報の宝庫であるはずだ。スマートフォンを落としただけでとんでもない犯罪に巻き込まれた――なんてホラー映画が数年前にあった気がするし、今は急いでもいない。多少面倒でも、拾ってあげるべきだろう。
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