鈍感ガールの場合

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「大変失礼致しました!ご注文は?」  ん?失礼致しました?  むしろ失礼してしまったのは私なんだけど……  どういう事だろう……  ハッ!  ご注文をする、の主語は私。  ていう事は、大変失礼致しました、の主語も私!?  つまりは、私がしちゃってる事は失礼だって言いたいんだ!  注文結構迷ったもんな……  それともベルの音が大きすぎた?  あああごめんなさい…… 「こ、このエスプレッソで……」  ただでさえ緊張で声が震えるのに、申し訳なさで更にしどろもどろになってしまった。  武元君の肩を上下に震わせている様子から、彼が怒り狂っている事は明確だった。   「お許しを……どうかお許しを……」  この言葉だって独り言みたいに呟くことでなるべく私を責めない様にしてくれているけれど、私のしでかした事は本当に酷い事で、許しを乞おうとしても無駄だと伝えたいのだろう。  ごめんなさいごめんなさい…… [武元君の生態②]  怒ると肩と足をガクガクさせる  って脳内に書き込む元気は残ってなかった…… 「お待たせ致しました。エスプレッソでございます」  下を向いて冷え症と闘いながら反省していたら、武元君の元気な声が聞こえてちょっと安心した。  許してくれたのかな?  そして彼の差し出した[エスプレッソ]を見て……  私の楽観は塵と消えた。    彼の差し出したエスプレッソの器は、とても小さかった。  ああ、早く飲み干して出て行けって事ね……  ……私が無礼な事をしたからよね……私が悪いんだわ…… 「ごゆっくりどうぞ」  ……これが皮肉ってやつね……  ほんの少しの、大切な一杯。  大事に、かつ迅速に、味わって飲もう。  いただきます。  !?!?!?!?  苦ッッ!  ふふふ、迷惑客にはこれくらいの仕打ちがお似合いだってことね……  私が悪い、私が悪い、……  何度もその言葉を反芻しながら、罰を受ける。  涙が溢れて止まなかった。  上を向いて、涙が溢れないよう必死に我慢した。  だから、飲み終えて私の涙が落ち着いた頃に、バニラアイスを持って彼が言った言葉が私には信じられなかった。 「これ、良かったらどうぞ、サービスです」  どうして迷惑客にサービスなんてするんだろう?  同じクラスメートの気を悪くさせたら後から面倒だから?  ううん!そんな風に後ろ向きに考えるのはやめよう!  きっと彼は私を歓迎してくれてるんだ、歓迎してくれてるからサービスしてくれてるんだ。  そう考えたら、パッと気持ちが晴れた。  うん、晴れた。 「さっきのエスプレッソいかがでしたか?マスターに頼んでいつもはしない、苦みが中心の品種であるマンデリンを挽いたエスプレッソにしてもらったんですよ」  ……え?  やっぱりこんなに苦いコーヒーを出したのは意図的なの?  私を苦しめようと思ってこんなに苦くしたの? 「しかもマンデリンの深煎りを更に煎りなおしして、より深く苦味を感じやすいものに仕上げてるんですよ」  やめてよ  もうこれ以上の罰はやりすぎだよ。  私、もう……辛いよ……  ごめんってば……! 「鈴代さんにはこれがお似合いだと思って……」    せっかく涙も収まってきたのに……  また泣いちゃう……私が悪い私が悪い私が悪い…… 「鈴代さんが喜んでくれて、僕も嬉しいです!」  ……良かった。  私の事を許してくれるんだね。  ありがとう……うっ…… 「……っ!」  思わず机に顔を伏せる。  やば、せっかく許して貰えたのに泣けてきちゃった。  男の子に泣いてるとこ見られるの、恥ずかしいなぁ……  でもちゃんと伝えないと。  私は十分に武元君の気持ちを理解できていないだろう。  それは分かってる。  ネガティブで鈍感な私は自分の事で精一杯で、彼を傷つけるような行為をしてしまった。  だからこそ、今ありったけの謝罪と感謝の気持ちを、この言葉に乗せよう。   「……ありがと!」  だいすき。  カフェから家に帰ってきた。  今日は何だかよく眠れそうだ。  あんなに苦いコーヒーを飲んだのにね。  明日はまた学校だ。  歴史の勉強をしてる武元君の姿が目に浮かぶ。  ……もしかしたら私は今日よりずっと前から、彼の事を気になっていたのかもしれない。  ……明日話しかけてみようかなっ  明日、カフェに行くのはもちろん決定だけど。  今度は礼儀作法をマスターしてからね!  ……お友達からでも始めたいな…… fin.
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