《3》

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「捕らえてこいと命じられたのだ。格好だけ、縄をさせてもらうぞ」 久綱が渋面を造って言った。 「大殿の前へ行くまで我慢してくれよ、甚次郎」  声を発さず、鹿之介はただ頷いた。町の大通り、好奇の視線が突き刺さる。鹿之介は胸を張って歩いた。  三笠山の麓にある屋敷で鹿之介は半日待たされた。 両脇を足軽に抱えられ、鹿之介がめし出された時、山間の夜空に月が浮かんでいた。今にも漆黒の中に溶けてしまいそうなほどに細く頼りない三日月だった。  鹿之介は三日月を凝視した。今の俺はまるであの三日月のようだな。そう思った。今は細く頼りないがいつの日か、大きく、強い光りを放つ満月になってやる。そんな気概と健気さを見せる三日月。鹿之介は縛られた両手を三日月に翳した。 「月よ、願わくば我に七難八苦を与えたまえ」 声に出した。両脇を抑える足軽が何か言っているが耳に入らなかった。自分と三日月。それ以外は何も存在していない。そんな気分になってくる。青白く、細い月光が鹿之介を包み込む。体の隅々に力が漲ってくるような感じがした。 「いつの日か満月に」口の中で唱える。大手門を潜り、三笠山を登り出した。前方、黒く聳え立つ威容、月山富田城である。  本丸の中は灯りが多く、廊下は歩くに難くはなかった。大広間、尼子の重臣たちが座して並んでいる。一番上座よりの左側に伯父の立原久綱が座していた。その対面に座すのはもう一人の家老亀井秀綱だ。何度か家を訪ねてきた事があって顔を知っている。その奥、上座におわすのが尼子家当主尼子晴久なのだろう。 「山中甚次郎を連れてまいりました」 足軽の一人が言うと、尼子晴久が、うむ、と応えた。一歩踏み出したところで鹿之介は何かが刺さってくるのを感じた。左側からだ。そちらを見る。そこに座す佐久間大膳が身を震わせ、鹿之介を睨み上げていた。
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