《3》

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 鹿之介は顎を引いた。 「死にに行くのではない。尼子の殿様はいずれ俺が奉公する主君だ。お会いし、ご挨拶を済ませてくるだけさ、みわ」 「待ってるぞ、鹿之介。必ずまた、この浜に戻ってくるんだぞ」 「ああ」 鹿之介は頷いた。 「色々と世話になった」  みわの眼に涙が溜まり、頬をつたう。長くは直視できず、鹿之介はきびすを返した。砂浜の方で早苗之介たちがこちらを見ている。鹿之介は浜の3人に頷きかけた。3人が木剣を軽く上げた。言葉はかわさない。男の別れとはこんなものだ。必ずやまた巡り会おうぞ友たちよ。泊を飛び交う海鳥たちが鳴いている。鹿之介は歩き始めた。 「鹿之介、武運を」 みわの叫びを背中で聞いた。  富田の町に入った。佐久間の屋敷で起きた騒動を皆知っているのだろう。人相書きでも出回っているのか。道行く者たちは驚いた眼を鹿之介に向けてくる。町のなかほどまで進むと、すぐ、武装した兵に取り囲まれた。  鹿之介は兵の中央に立つ男を見た。立原久綱が険しい眼を鹿之介に向けている。 「甚次郎」 「伯父上」  立原久綱は母なみの兄である。尼子家家老であるこの伯父の援助をなみは断り続けている。いつか鹿之介や甚太郎が出仕するまで他者の援助は受けないと、なみの意思は頑なである。それはそのまま、鹿之介が世に出る人物になるというなみの信頼の現れとも言えた。  鹿之介は両手を前に出した。 「お役目なのでしょう、伯父上」 鹿之介は言った。久綱が回りの兵に目配せする。鹿之介の両手に縄が打たれた。
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