第二話  マリン・シェールの憂鬱

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 さて、その末娘のマリン姫だが。  「何処かに、適当な妖精王はおらぬであろうか。マリンをそろそろ嫁に出さねばならぬでな」  今宵もボルドーの香り高いワインにほろ酔いのダンジョンが、妃のフィリッパを抱き寄せると。妻の黒髪に顔を寄せて呟いた。  フィリッパは二百年前に娶った四人目の新しい妻。人間の血が混じった、エジプト生まれの半妖である。つまり末娘のマリンにとっては、継母にあたる。  「まぁ~、殿さま」  甘い驚きの声。  「マリンの嫁ぎ先なら、北欧の妖精王がいるでありませんか?」  フィリッパが耳元で囁き返した。  「初めての結婚相手なら、あのくらい年が離れた殿方の方がよろしいのではないかと」、含み笑いが妃の口許をさらに艶っぽく彩る。  ダンジョンは呻き声をあげると、妻の唇を熱く奪った。宮廷に仕える妖精たちが、心得顔で視線を外す。  竪琴の調べが流れるなか、ダンジョンが手招きをして姫の嫁入りを任せているガスコーニュのオクタス卿を呼び寄せた。  オクタス卿は白髪の老人だ。彼は人間の母を持つ半妖なので、残念ながらダンジョンよりもずっと短命にできている。  まだ千年も生きてはいないが、外見はすでに老人のそれだ。  「お呼びで」  「ウム・・例の北欧の妖精王からの求婚はどうなっておるかのぉ」  「うまく進んでおるのか?」  「ご懸念には及びませぬ」、オクタス卿が微笑んだ。  「向こうは二度目の結婚ですが、あのお方も二千年を超えて生きておられる。まぁ、普通のことかと」  フィリッパが末娘の結婚相手にどうかと薦めるその北欧の妖精王は、すでに二千年を超えて生きている立派な大人。北欧の国を統治する実力者で、二度目の結婚だった。  残念ながら。プラチナに輝くシルバーブロンドの髪と、冷たく輝く青みがかったグレイの瞳を持っているという以外、オクタス卿もこれといって情報を持ち合わせてはいなかった。  一度目の結婚も、結婚相手の姫が氷の国の出身だったこと以外は、詳しくは知らなかった。  実に謎の多い求婚者だが。  「アルプスの向こうにある妖精国か」、ダンジョンの食指が動いた。北欧とは姻戚関係を結んだことがないが、これもよい機会だろう。北の国にも親戚が出来ると言うのは、シュール家にとっては望ましい  「アキテーヌには、良い話であろう」、呟く。  「確かにマリン姫には初めての結婚相手。そこそ年上の方が望ましいであろう」  「そうですわ。私とアナタのようにね」、うふふと。  フィリッパが軽い笑い声を立てた。  「そうだな」、妻の手を取り、滑らかなその素肌を撫でると唇に持って行った。妻のオリーブ色の肌が妖艶な輝きを増す。  三番目の妻を亡くし、失意に沈んでいた彼がナイルの畔で見つけた妖精が、四番目の妻のフィリッパだ。半妖と知ったのは妻に迎えた後だった。当時はまだ少女の域を脱していなかった妻だったが。半妖の二百年はカノジョを成熟させるのに十分だったようだ。  「お決めになったらどうかしら。マリン姫にはワタクシからお話ししましょう」  「母親ですもの」と、ダンジョン王に微笑んだ。  「そうだな。フリュートの結婚前に、マリンを宮廷から出さねばならぬ。急ごう」  ダンジョンは決意した。  「話しを勧めよ」、オクタス卿に話しを勧める許可を与えた。  こうしてマリン姫は、彼女の意志とは関係なく。北欧の妖精王、ヴァンフリート・ゲオルグの許婚となると決まったのである。
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