第二話  マリン・シェールの憂鬱

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 序章 (花嫁候補)  ひかり煌めく南フランス。  イタリアと地中海に接する南プロバンズには、古来よりアキテーヌ妖精国が妖の世界を統治している。  涼やかな初夏の宵。  アルプスの麓には、ピンクの大理石に輝くアキテーヌ国の離宮があるが、人間どもには見えない仕組み。月に照らされた深い森の奥にあるその離宮では、今夜も妖精王がお気に入りの妖精たちと宴の最中だった。  妖精王・ダンジョンが、アキテーヌの王に即位して二千年が経つ。今宵はそのお祝いの宴だ。  妖精は歳を取らないが、残念ながら心は老いる。想い出が心の底に澱のようにたまり、その重みに力が弱っていくのだ。  二千年は長い。  この頃では跡継ぎの王子・フリュートにアキテーヌ国を譲り、王座を退こうかと考えていた。フリュート王子は姫の誕生ばかりが続いた王家に、やっと生まれた跡継ぎだ。そのフリュートも今年で六百歳、そろそろ妻を迎えるお年頃。そしてダンジョンが王座に就いたのも、今のフリュートと同じ齢頃だった。  ダンジョンがこの二千年の間に娶った妃は四人。離婚したり、先立たれたりしたが、先妻の三人が次々に産んだ子供の数は全部で十六人を数える。  シェールは多産な家系だ。  お陰で姻戚関係にある妖精国が世界中にある。十四人の姫と二人の王子。十三人の姫たちはすでにそれぞれ、遠い妖精王国に嫁いでいるが。  まだ一人、残っている。  フリュートに王座を譲るにあたって、心にかかるのは末娘の事だ。マリン・ローヌ・シェールは十四番目の姫で、今年で三百歳。妖精の世界ではお年頃だ。  アキテーヌ国の王家・シェールの姫はみな、三百歳くらいになると最初の結婚をするのが慣例だった。  シェール家は、“愛の宮廷”と妖精の間で陰口をたたかれるほど、愛には実に素直で、なおかつ奔放なお家柄。二度や三度の結婚は、当たり前の家系である。  そんな一族の特徴はと言えば。  波打つ淡い金色の髪と、見事に煌めくエメラルドの瞳。ピンク色の薔薇の花びらを山羊のミルクにうかべたごとき白い肌と、伸びやかな手足と美貌。そして誰もが聞きほれてしまう、セイレーンの歌声だ。  王子に生まれたものも、そろってイケメン。長身で均整の取れた身体つきに、大らかな笑顔がよく似合う。  姫たちも、音楽的な軽やかな声と、物腰柔らかな風情がよく似合う美女揃い。それこそが、シェール家が地中海の海の泡から生まれたビーナスの化身と謳われる所以だ。  言い換えるなら、【多情で淫乱な妖精】を多く輩出している家でもある。  しかしソコは暖かな南プロバンス。太陽の国に住まう妖精として、「自由奔放」の一言で許されしまうのも~まぁ仕方が事なのだろうか。
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