第二話  マリン・シェールの憂鬱

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 第一章  魔王・ギル  1・  風薫る、アルプスの初夏。  あのサウンド・オブ・ミュージックの冒頭シーンも顔負けの、みどりの草原をはるか眼下に望み。モンブランとその標高を競う、妖精国にそびえるのが神の山・モンテグランだ。人間には見えないが、アルプス山脈に高々とそびえ立っている。  その頂上に建つゲオルグの城では。妖精王・ヴァンフリートが宰相のペンニーネ伯爵の言葉に、不快そうに顔をしかめていた。  「どうして、不実さでは知らぬモノのないあの淫乱なシェール家の姫を、私がわざわざ妻に迎えねばならんのだ」  ペンニーネ伯爵が渋面をつくった。  「お言葉では御座いますが・・」  「あのシェール家の姫だからこそで御座いますぞ。当家が繁殖能力を失いつつあると言う事は、もはや隠しようのない事実。陛下が王位を継承遊ばしてから千年もの間、我がゲオルグ家にはお子が授かった記録が御座いませぬ」  ギロッと、ペンニーネ伯爵も氷のような視線をヴァンフリート王に返す。  「陛下が先の王妃さまと離婚なされてから、すでに三百年。以来、お側に侍らせた愛人どもにも懐妊の兆しはなく。御子が生まれておりませぬ」  「ココで踏みとどまらねば、北欧の名門・ゲオルグ家は消滅いたしますぞ」  ペンニーネ伯爵は、ヴァンフリート王が最も信頼を寄せている臣下である。  雲海に浮かぶその妖精王の城は、妖精の世界ではニンフェンブロー城と呼ばれている。白亜に輝く城の外観以上に、内部の豪華絢爛さでは世界中に散らばる他の妖精国の宮殿を遥かに凌駕していると噂の城だ。  アルプスの神の山・モンテグランの地中深く隠されているダイアモンドやサファイア、ルビーにエメラルド、それらの宝石ばかりか金銀財宝に恵まれた妖精国・オークは、たいそう裕福。  今までもその宝を狙った魔族の侵略を受け、激しい戦闘を繰り返して来たゲオルグ家だが、最も近い過去の侵略は王家に手酷い傷を残していた。  その侵略者との闘いの記録は、約七百年ほど前に遡る。  魔族からオーク国の宝の噂を聞き込んだバチカンが、妖精国を乗っ取るために秘密結社・黒十字団を使い、魔術師でもあるアストン大司教に命じて、オーク国に侵略してきたのだ。  ヴァンフリートが王座について、まだ三百年ほどしか経っていない頃だった。  千歳になったヴァンフリートに王座を譲り、引退した父王は、身体の弱い王妃の為に人間界に近いバイエルンの湖の畔にある離宮に移り住んだ。穏やかなバイエルンが良かったのか、王妃が健康を取り戻した。その証拠のように、年の離れた妹が誕生した。ソレがジュエル姫!  ヴァンフリート王はこの七百歳も齢の離れた妹を溺愛した。  それは、そんな幸せに満ちていた王家に起こった悲劇だった。  侵略を受けた当時。  少女の域を出ていない妹姫は、まだ三百歳。アルプスに輝く雪原のようなシルバーブロンドの髪と、氷河のクレパスのようなあおみがかった銀色の瞳で知られたゲオルグ家には珍しい、ジュエル姫は蜂蜜色に輝く真っ直ぐな金髪と、無邪気なエメラルドの瞳を持つ華可憐な美少女だった。しかもジッとしていることが苦手なおてんば娘。  目に中に入れても痛くない程、この妹を溺愛していたヴァンフリート王だったのだが。それはジュエル姫の初めての恋が引き起こした悲劇だった。
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