天体観測

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天体観測

 僕が所属する「天体観測部」は、名前の通り天体観測を行う部だ。ここに入部している者は、学校に許可を取れば最終下校時刻を過ぎても学校に残ることが許されている。 「なぁ、今日、星を見てから帰ろうぜ!」  同級生の太田の一言で、僕と太田は職員室に行き、顧問の先生に許可を貰い夜まで学校に残ることになった。空を見上げるのは、一階の部室では無く屋上だ。普段からの行いが悪い生徒なら簡単に許可は貰えないだろうが、幸いなことに太田も僕もわりと真面目に学校生活を送っていたので、先生の「風邪には気を付けるんだぞ」の一言だけで申請用紙にハンコを貰えた。  鞄と懐中電灯、それから自販機で買ったペットボトルのお茶を持って、僕たちは屋上に上がった。  時刻はまだ午後四時半。  昼と夜の間。  星が出るにはまだ早すぎる。 「あーあ。早く出ないかなー、星」  屋上のど真ん中で大の字になって寝転ぶ太田の横に座って、僕はお茶をひとくち飲んだ。十一月の風が頬に当たって冷たい。カイロを持ってくれば良かったな、と思った。 「なぁ、お前も寝転べば?」 「嫌だよ。コンクリートは冷たいし」 「くっつこうぜ。ほら、腕枕してやる」 「馬鹿」  そう言いつつも、僕はペットボトルのキャップを閉めて鞄の傍に置いた。そして、太田と同じように大の字になって寝転ぶ。まだ青い空が視界に飛び込んできて、その眩しさに思わず目を細めた。  僕が寝転んだのを見て、太田は満足そうに笑う。 「空見てるとさ、落ち着くよな」 「そう?」 「遠く見るとさ、視力も良くなるらしいぜ」  太田が真っ直ぐに上を向いたまま言う。僕も真似をして出来るだけ遠くを見るようにしてみた。一筋の雲がのろのろと風に乗って移動している。手を伸ばしたら掴めるのではないか。そう錯覚させるような、綿飴みたいな雲。齧ってみたら、口の中でぱちぱち弾けたら面白いだろうな、なんて馬鹿なことを考えていたら、横から視線を感じた。ゆっくりと顔をそちらに向けると、僕を見つめる太田と目が合った。  心臓が、跳ねる。 「な、何?」 「いや、お前って本当に天体が好きなんだなって」 「別に、そんなこと無いよ」 「俺が誘ったらいつだって来るし、部活報告書もめっちゃ丁寧に書くし」 「星が好きなのは太田だろ? ほら、新しい星を見つけて名前を付けるんだって言ってたじゃないか」 「そ! それが、俺の夢!」  我らが部には、天体望遠鏡という高価なものが無い。なので、きっとこの高校生活を送る中では新たな星を見つけるのは不可能だ。  けど、太田は星を見る。  星を見ようと、僕を誘う。  僕はというと……星を見ることを口実に、太田と過ごすことを楽しんでいる。だって、好きだから。太田のことが好きだから。  太田は星が出ると、星の話しかしなくなってしまう。  だから、この昼と夜の間の僅かな時間に他愛もないことを話すのが何よりも大切なんだ……。 「……卒業しても、星、続けるの?」 「んー。続ける! その道の研究者にはならないけどなー。趣味が、星を見ることってロマンチックじゃね?」 「ふふ、そうだね」 「あ、もちろんお前も一緒に見るんだからな!」 「え?」 「二人の名前を星に刻むんだ!」  真っ直ぐな言葉に、僕はどういう風に返せば良いのか分からなかった。よろしくね? ありがとう? 嬉しいな? 駄目だ、頭が混乱して動かない。やっとの思いで紡ぎだせた言葉は「うん……」という照れを隠しきれないものだった。 「あ、だんだん暗くなってきたな」  僕の様子を気にしていない太田が起き上がる。僕も背中を起こした。びゅうと風が突き抜けていく。鞄の傍のペットボトルを取って握りしめたけど、それはもうとっくに冷えていた。 「寒い! 寒い!」 「うわ!」  太田が背後から抱き着いてきた。僕の心臓は破裂してしまいそうなくらいばくばくと鳴っている。  そんな僕をよそに、太田は小さな声で僕に言った。 「約束だからな。卒業しても、一緒に星を見ような」 「……うん。分かった」 「ずっとだからな、ずっと……」 「分かってるよ」  太田の声は、震えていた。まるで、緊張しているかのように。  きっと、受験が近いから不安なんだろう。大丈夫だよ、僕ならずっと傍に居るよ。だって、僕たち……友達じゃないか。 「あ、太田! 星が出たよ」 「……ああ」 「あれは、新しいの?」 「いや、違う」  僕たちは黙って空を見上げた。だんだん星たちがはっきり見えるようになってきて、その分周りは暗くなる。 「……意味、伝わってんのかな?」 「え?」  太田が何かぶつぶつ言っている。訊き返そうとした時、きらりと流れ星が走った。  ――この恋が、叶いますように。  太田の腕の中で、僕はそんなお願い事をした。  叶うかな、叶うと良いな。  僕はほんの少しだけ、太田に体重を預けた。そして、ちらりと振り返る。太田の瞳には、星空では無く、何故か僕の顔がはっきりと映っていた。 「どうしたの?」 「いや……よし! 星、探すぞ!」  僕を解放した太田は、屋上の柵まで歩いて前のめりになって星を見る。  そんな彼のことを、僕は星を見るふりをしてずっとずっと眺めていたのだった。
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