黄昏異能都市

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「早く沈め! クソ太陽!」  汚らしい女の罵声が街の河川敷に響く。  夕暮れ時の感傷なんてない恨み節。スーツ着た女が太陽に罵声とか、どん詰まり感が凄い。  声の出所はすぐ近く。具体的に言えば私の声帯が震えた結果。 「--と!」  顔の横を風が切る。鋭い音が付いてまわった。  太い腕から繋がった拳が耳の横を抜けて素早く引き戻される。伸ばしっぱなしの髪が風に乗って泳ぐのがわかる。  筋肉の塊は重そうだが見た目よりずっと速い。  ファイティングポーズを取った相手が、今避けられた事実を確認するように拳を握り直している。大きな体躯が一歩下がって、イメージとの誤差を修正するようにその場で拳を振るう。  ストイック。現実を見据えて反省を活かす姿勢は素晴らしい。真似をしたいとは思わない。  しかしストイックとは--実は話が通じるタイプか? 「タイム!」  提案してみる。両腕をクロスさせてバッテンを作ってアピールする。  相手は構えを解かずに首を横に降る。獲物を逃しはしない、ということ。ちゃんと頭のネジは外れてる。  話が通じるなら可能性は生まれた。 「30分!」  首が横に振られた。 「15分!」  また横。 「5分!」  横。 「3分!」  あ、腰が若干落ちた。踏み込む準備してる。 「1分でいいんでお願いします!」  これでダメなら土下座を試そう。受け入れられない場合身動き取れずでピンチがヤバい。   覚悟を決めた所で、相手が一度構えを解く。  首が縦に振られた。  おお、神よ。  丁寧に礼をして一呼吸。  目の前の相手から視線を外す。  一歩退いて見てみれば、飛び込んでくるのは夕暮れの街並み。  赤く染まった空を眩しく反射する企業ビル。外ランをしている運動部の掛け声。夕日が届かず深みを増した山林。山の麓で大人しく体育座りした怪獣。高架の中程に群れで集まるカラス達。そのカラスの中心で演説をしている男。高架下で陽光を煌めかせる河川。対岸の河川敷でイチャつくカップル。その後ろを歩いて行くのは体毛が茜色に染まった人狼。  そして目の前に四つ腕の赤鬼。  腕を組んでこっちを見据えている赤鬼。  そう、赤鬼だ。肌の色が赤い。朱印と同じ色。額の真ん中からは角が生えてる。象牙みたいに反りがあるやつ。口元は上から下から、太くて長い犬歯がはみ出している。髪は白。ゆるくパーマかかってるのは、意外とオシャレな証か。着ているのはつなぎの作業着で上は脱いで袖を使って腰で結ぶようにまとめてる。となると上はインナーが見えてて白いタンクトップ姿。薄めの生地が胸筋に押し上げられて持ち上がっている。私より胸ありそう、許すまじ。そんな筋肉より目を引くのは肩甲骨周りがばっくり空いたタンクトップを着ている理由で、そこから太い腕が二本生えている。後ろの二本もわざわざ体の前に回して腕を組んでいるが窮屈じゃないのか。
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