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あの日の正解を知る
一週間前に私、矢口志織は生まれて初めての友達であり、そして初めての親友だった佐倉弥生を失った。
佐倉弥生はこの世界に奪われたのだ――
「何度読んでもこれはやっちゃんの字で、あれは確かにやっちゃんの声だった」
「うん、間違えるはずないよ……」
今日私は、飯田桃音と高橋理樹とで私の家に二年ぶりに集まっていた。
彼女達二人も親友だった……今も親友だ。
私はしーちゃん、桃音はももちゃん、理樹はりんちゃん、そして佐倉弥生はやっちゃん。
幼稚園からの幼なじみで、私達四人はずっと一緒で自他共に認める親友だった。
けど、私達が何にも左右されずに純粋な親友同士でいられたのは小学生までだった。
中学に入ると、一クラスだった南小の面々は六クラスにバラバラになり、そこで新しい人間関係を構築していくことになった。
私達も例外ではなく、見事に四人はクラスがバラバラになってしまった。
「何でだろう。何であんなやっちゃんに冷たくしちゃったんだろう……!!」
「ももちゃんだけじゃないよ」
「みんなだよ。南小のみんなが中学に入って変わったんだよ……」
変わらないのは、やっちゃんだけだった。
「りんちゃんとしーちゃんはさ! あの手紙のこと信じてる!?」
「信じるっていうか……やっちゃんのお葬式に行って帰って来たら、やっちゃん本人が来た。それだけが事実だよ」
ももちゃんは、興奮気味に身振り手振りを激しく私達に問うた。
すっかりカラフルになった長い爪がそのうちどこかを引っ掻きそうで、少し怖いけど……
スカートも短く、指定の膝下の黒い靴下ではなく長いニーハイで、セーラーのリボンも指定のものとは違う、本当に校則ギリギリ。
その隣で、りんちゃんはとても冷静だった。
校則より長めのスカート、下の位置でのポニーテール、前髪も目にかからないようにしっかり揃えられ、おまけに眼鏡をかけている。
まるで、優等生の鏡のような姿だ。
「けどさ、あの手紙のことを全部信じられるかって言われるとそれは無理だよ……」
一方で、よくあるセーラーの気崩し、特に校則に引っかかることもなく、かといってキッチリしているわけでもない私はそう答えた。
一週間前の朝に、やっちゃんが海難事故で亡くなったと連絡網で回ってきて、そこから三年全員でやっちゃんのお葬式に行った。
遺体が見つかってないから棺桶は空で、最後のお別れすら叶わなかったお葬式。
私はその日本当に久しぶりに、ももちゃんとりんちゃんをはじめとした、かつての同じ小学校の仲間、南小の面々と話をした。
いや、あれは話をしたなんて言えないか……
誰もが謝って、誰もが後悔して、もう一生泣けないのではないかというほど、泣いた。
涙が枯れてしまうほど、私はやっちゃんの名前を呼びながら泣いた。
そのお葬式から帰ってすぐだ、やっちゃんが家に現れたのは。
ドア越しで顔は見れなかったが、間違いなくあの笑い声はやっちゃんだった。
そして、とても信じられない内容の手紙を残して、本当にやっちゃんは消えてしまった。
「地球があと半分あって、そこにはもう一つの日本があって、やっちゃんはその戦士で……」
一所懸命にももちゃんは現状を整理しようとしているけど、その声は震えていた。
「あまりにも非現実的だけど、政府が本気で隠し通していたら全ては闇の中よ」
「りんちゃんは信じるの!?」
「……あの状況で、やっちゃんが南小の面々全員に嘘をつく必死がないでしょ」
「そりゃそうかもだけど……」
りんちゃんはどこまでも冷静で、それが何か気に入らず強く反論してしまった。
けれど、その後で私にりんちゃんはとても悲しそうな顔を向けたので何も言えなかった。
「あ……ねえ、ねえねえねえ!」
「何!? 急にどうしたの、ももちゃん!?」
「しっかり、聞こえてるから」
急に何かを思い出したように、ももちゃんは叫び出したのだ。
「小学五年生とかかな? やっちゃんが鍵を失くして、四人で日が暮れるまで必死に公園を探し回ったの覚えてない!?」
「あ、あー!」
「それ覚えてるよ! 転んだって、先生に叱られたって、男子と喧嘩したって、まったく泣かないやっちゃんが、珍しく号泣してたよね!?」
「あの時、やっちゃんがずっと繰り返してた言葉覚えてる!?」
「え、えっと……」
「……帰れなくなる」
「そうだよ、りんちゃん!」
「うん。あの時のやっちゃん、このままだと国に帰れなくなるって言ってた!」
私達三人は、古くて奥底に仕舞っていた記憶を呼び覚ました。
当時は小学五年生でいつものように四人で公園で遊んでいた時、普段のやっちゃんからは想像できないようなパニックで、鍵を失くしたとのことだった。
帰れなくなる、このままじゃ死ぬなんて鍵を失くしたにしてはやっちゃんはとても大げさなことを言っていて、慰めながら必死に四人で探したのだ。
そして、ようやく見つけたその鍵は……
「金ピカに光っていて……」
「手の平より大きかったよね?」
「あの鍵が、もう一つの日本に行くための鍵だったってこと?」
「おかしいとは思ってたよ。あんな鍵に合うドアなんて日本にあるのかって」
「やっちゃんが泣いた理由も納得だね」
「死ぬって、どういう意味だと思う……?」
聞いてはいけない気がしたけど、私は声に出さずにはいられなかった。
鍵を失くした時にやっちゃんが何度も怯えたように言っていた、死ぬという言葉。
「しーちゃん、嫌なこと言わないでよ!!」
「本当のことじゃん!! やっちゃんはあんなに怯えながら、ずっと……」
「もうやめて!! 何を言ったって、ここには、ここにはもう、やっちゃんはいないんだから!!」
「りんちゃん!!!!」
「あー! LINEもうるさいのよ!!」
それは皮肉にも、やっちゃんのお葬式の時に作られた南小のグループLINEの通知。
あの日の落としものがあのまま見つからなかったら、やっちゃんはどうなっていたのか。
ずっとこの世界にいられたのか、それか――
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