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いっそのこと、このカーテンをバッと開いて窓の外を見渡せたら、窓を開け放って外に駆け出せたら……どんなにいいだろう。
仮想空間の中でしか見たことのない青い空、白い雲が、そこにはもしかしたら広がっていて、こんなふうに怯え潜んでいたのが馬鹿みたいだと笑い飛ばすようなことになりはしないだろうか。
いや、絵空事を並べるのは止そう。
外に出たところで、荒れ果てて廃墟と化した町並みがどこまでも広がっていて、途中にどうにか朽ちず残った家屋が疎らに建っているのが現実だ。
今の時間帯は比較的、有害光線が弱まっているとはいえ、この快適な室内とは比べ物にならないほどの澱み切った空気が屋外には沈んでいて、激しい重力ムラまでかかるのだ。
身動きが取れなくなって吹きっさらしで夜が来てしまったら――弱り切った肉体の僕など一巻の終わりだ。
体から出た栄養補給と排泄それぞれのチューブを接続部で切り離し、僕はカプセルの外へふらふらと出た。
荒廃した大地で食糧難が常態化した時代に生まれた僕らは、カプセルを通じて流れてくる化学合成された完全栄養液だけで生きている。
機械につながらず、肉体ひとつで独立していられるのはこれからの一時間だけだ。
完全栄養液は自動配送車が各家まで運んできてカプセルの動力部に勝手に補給されるし、病気が体内に生じれば対応する薬物も次回の配給で一緒に流れてくる。
排泄も管が繋がっているので問題はない。固形物を口にしていた時代と違ってトラブルは起きにくい。
身体の表面に浮き上がってくる老廃物は、カプセル内で時おり起動する洗浄システムが処理してくれる。
形だけ生えている歯は、もう現実で口から物を食べることはないからどうでもいいように思えるが、脳を適度に活性化させるため時々、空運転させられているみたいだ。
僕たちの生命はもはや、完全に機械仕掛けでコントロールされている。
一日のほとんどをカプセル内で過ごす僕の手足は衰弱しきっていて、ここに来たときに自分で敷いたはずのマットレスを持ち上げることすら難しい。
バーチャルで仮初めの快楽を貪りながら、肉体が朽ちるまでここでこうして横になっているほかないのだ。
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