12. 幸せの雫は死を望む

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「目覚めたくないと思ってた。でも、声が聞こえて、茉礼が呼んでるんだ。うるさいくらい。……もう一回、茉礼に会いたくなった」  一方通行だった手が、優しく握られる。少しずつ強くなって、鶯くんはゆっくりとまぶたを閉じた。 「鶯くんは、一人じゃない。お父さんもお母さんも、私もいる」 「……そうだな」  彼女の話もした。またお見舞いに来てくれると伝えたら、鶯くんは「そうか」とだけつぶやいた。名前を言わなくても、誰かわかったみたいで、いつものポーカーフェイスが微かに笑ったように見えた。  電話を終えたお母さんが戻ってきて、「まだ知らせてくれてないの?」とナースコールを鳴らす。  安堵で疲れが一気にきたのか、へたり込んだお母さんをイスへ座らせて。 「……じゃあ」  そばに置いてあったリュックを背負って、鶯くんの前に立つ。 「私、もう行かないと」  目を見て何かを悟ったのか、鶯くんは一度開きかけた口をおもむろに閉じる。黙ってつぶったまぶたから、一筋の光がこぼれ落ちていた。  ごめんね、鶯くん。  病院の前でバスに乗った。坂を登り、下に並ぶ建物が小さくなっていく様を眺める。心は焦っているのに、どこか妙に落ち着いていた。  バス停で降りてからは、ひたすらに道を走る。乱れる髪もお構いなしで、ただ一心に向かい風を切って。 『最後に、一目会いに来てくれたら、あの子も喜ぶと思います』  未明、スマホに入っていた送り主不明のメッセージ。それが誰で何を意味しているのか、説明されなくても予測がついた。  思い出すのは、晴空の下、二人で線路の上を歩いた日。  ーーこのまま、二人でどっか行っちゃおうか。もっと遠くの知らないどこか。学校も家族も、ぜんぶ忘れて。  もしもあの時、あの手を取って逃げ出していたら、どうなっていたのだろう。運命は変えられたのか。なにをどう選択していたら、藤春くんの笑顔を守ることができたのだろう。 「キャッ!」  足がもつれて、砂利道で前へと倒れる。タイツの下から血が滲んできた。それでもすぐに立ち上がり、長い階段を駆け上がる。  鳥居をくぐり、何度も足を運んだ神社の前へたどり着いた。ここにいる確証はないけれど、心が導いてくれたの。
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