Memories Depository

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莉那の祖母の葬儀から一年近くが経過していた。莉那が不思議な男と出会っても同様の月日が経っている。出会った頃は散ったばかりの桜の花も、再び咲き始めるまで一ヶ月をきっていた。 「ひーまーだーよー!」 莉那の叫びにも似た大きな声が部屋の中を駆け回る。その声に気づいてるのか気づいてないのか、椅子に座って読書をしている男は本を一ページ捲った。 ここは男の仕事部屋であり、私室でもある場所だ。 「そうは言われましてもねぇ……」 莉那の声は男に届いていたようだ。そもそも莉那と男が初めて会った時、莉那の小さな声もこの男には聞こえていたのだ。今の莉那の大きな声が彼の耳に入らないはずがない。 男の一人暮らしと聞いて、ざっと想像する家の広さはせいぜい六畳一間くらいか。男の私室はその五倍は広いであろう。この広さの部屋が男の家には数十とあった。 男の見た目は二十代なかばくらいで、常に黒い服を身に纏っている。年齢も莉那の推測であれば、名前も教えてもらえない。男は自分の事をナナシと呼ぶよう、莉那に言っていた。 そんなナナシの私室に、女子高生である莉那が普通に出入りしているのは、本来ならばあり得ない事だろう。 「助手なら、もっとちゃんと整理してくださいよぉ」 ナナシは読んでいる本のページをまた一つ捲りながら、気の抜ける声で莉那に言った。 ナナシの言う"助手"とは莉那の事だ。葬儀の日に莉那の前に突然現れたナナシは、莉那の"どちら様ですか?"の問いに対して、助手になってくれという全く噛み合わない返事をしてきた。 初めこそ莉那は抵抗したものの、ナナシには二つの意味で常識が通じなかった。祖母の告別式の前に乱入して、いきなり助手になれという非常識な発言がまず一つ。そしてもう一つが、ナナシという男の存在と、ナナシに関わるその全てである。 莉那がナナシに整理するように言われた物体。キラキラと輝くそれらは部屋中に転がっていた。色も様々で、大きさは小柄な莉那の手でも包み込めばギリギリ隠れる程。宝石のよう……というより、本当に見た目は超大粒な宝石だ。 しかし、これらが宝石でないことを、莉那はナナシから教えられていた。宝石のようなこれらの正体は全部、人の記憶だ。 あまりにも突飛な話だが、人々が生きていく中で持ちきれなくなり落としてしまった記憶が、こうして結晶化してナナシの元に届く。 ナナシは人の記憶の管理者だった。
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