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第70話 真相
「……冗談ですよね。なんで、御剣社長が? 私を好きになる理由がわかりません」
「理由が必要ならいくらでも言ってあげる。けど、そうじゃないでしょ。俺は、芽生ちゃんがいい。俺のこと、しっかり見てくれる芽生ちゃんが。肩書きとか、見た目とかじゃなくてね、俺のことしっかり分かってくれるのは、芽生ちゃんだけだと思っていて」
(同じことを……涼音さんも言っていた)
芽生は涼音を思い出してしまい、急に心がざわついた。
「この間は強引だったけど、気持ちに嘘はないよ。嘘をつく理由もないし、時間もない」
「でも私まだ、涼音さんと……」
それに陽はふと笑った。
「すずなら、芽生ちゃんと俺がつき合ってもいいって言っていたよ。というか、すずから打診されたんだ」
「え? どういうことですか?」
眉根を寄せて先を促すと、陽はあっさりと続けた。
「自分のカフェを開く開業資金を貯めている。そのために、週末すずの部屋で家政婦もしていたって。だから、本気で結婚するならしろって。嫁にするなら、そのお金は全部俺が払って、芽生ちゃんに楽させるようにって」
「なんで……そんなことを」
芽生は開いた口が塞がらなかった。あんな風に突き放して、あっさり手放しておいて、一体どういうことなのだと芽生は混乱した。
「すずに、次の就職先探してあげるって言われたでしょ?」
それに芽生は恐る恐るうなずく。視線を陽から外すことができなかった。
「俺のお嫁さんっていう就職先だよ。すずは俺のことよく分かっているからね。俺が芽生ちゃんのこと大事にできるのも分かっているし、金銭の問題も解消できて、無理にダブルワークもしなくて済む」
「そんな、そんな話……」
「見ず知らずのどこぞの馬の骨に渡すくらいなら、俺の元にいてもらえれば、すずだって君のことをそれなりに近くで見守ることができるってわけ。あきれちゃうよね。芽生ちゃんを幸せにしなきゃ屋上から突き落とすって脅されちゃった」
芽生は気持ちも頭も追いつかないまま、しかし心だけはなぜか猛烈に痛くて、目から涙が出てきた。その涙をぬぐいながら、陽が続ける。
「よっぽど、芽生ちゃんのことが好きなんだ、すずのやつ」
「やめてください!」
芽生は顔を下に向けた。
「止めてください……なんで、そんなこと。そんなこと言われたら、私……」
「うん。中途半端な気持ちで、俺がお嫁さんにもらってもダメだろうと思ったから、ちゃんと話した。喜んでって言ってくれたら、迷わず婚姻届けを出していたけど、その様子じゃ、すずのことがまだ好きかな?」
芽生はぼろぼろと涙を流しながら、ぎゅっと自分のコートの裾を握りしめた。
「ここ数日は、役員たちとやりあって、ダブルワークの許可を推し進めていたよ。黙らせたって言ってたから、近いうちに君の会社でダブルワークは解禁になる。それも、万が一君に不利なことが起こらないためにだと思うよ」
「どう、して……そこまで」
芽生は嗚咽で声が出なかった。
「芽生ちゃんのことが、大好きなんだろうね。大事にしたいんだよ、すずなりに。大好きな君が、自分の元に置いておくよりも、もっと幸せになれる方法をずっと模索していたんだろう」
芽生は苦しくて嗚咽が漏れてしまい、そのままゆっくりと陽に背中をさすられる。
「芽生ちゃん、俺は君を幸せにできるよ。でも、君の心も全部欲しいから、すずのことを忘れられていない芽生ちゃんでいてほしくない。忘れさせるくらいどうってことなくできると思うけど、芽生ちゃんは自分でけりをつけたいでしょ?」
それに芽生はうなずいた。
「御剣社長、私、今から涼音さんの所に行って話をしてきたいです。わがままなの分かっています。でも、今じゃなきゃダメな気がして。御剣社長の気持ちとお話は正直、本当にうれしいです。だからこそ、まず先に向き合うべき所と向き合ってきたいです」
それに陽はうなずいた。行っておいで、と優しく頭を撫でてくれて、芽生はその優しい胸に抱かれながら、ありがとうと呟いた。
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