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第69話 グルメフェア
翌朝十時に待ち合わせをしていた駅に行くと、カジュアルな服装をした陽が待っていた。まるで雑誌の撮影現場かと思うような完璧なスタイリングに、芽生は自分がいるのが申し訳なくなってしまった。
「御剣社長、お待たせしました」
「芽生ちゃん、お休みの日に呼び出してごめんね」
芽生はそれに首を横に振った。
「少し移動するね」
陽は芽生の手をさらりとつなぐと、見事にエスコートをした。そのあまりにもスマートな対応に、芽生はさすがだなと感心してしまった。電車に乗ると、陽は芽生に向き直った。
「広場でね、グルメフェアやっているんだ。芽生ちゃん、食べ歩き好き?」
「グルメフェア!?」
芽生のその反応に、陽はにこにこと笑った。
「そう。全国各地のご当地グルメの屋台が集結しているの。レストランでランチ予約しようかと思ったけど、芽生ちゃんこっちの方が好きかと思って」
「好きです、美味しいもの! ありがとうございます!」
美味しいものがあったら、海斗と陸にも買って帰りたいななどと思いつつ、芽生はわくわくしてその広場へと向かった。
最寄りの駅から電車で四駅先、そこから歩いて十分ほどで会場となる公園に到着する。すでに歩いている時からいい匂いが漂ってきて、芽生は浮足立っていた。
「御剣社長は、好きなご当地グルメとかありますか?」
「うーん、なんだろう。海鮮とか好きだよ」
「海鮮ですね! 富山とか、やっぱり日本海側は海鮮が美味しそう」
芽生は入り口でもらったパンフレットを広げながら、何があるのかをチェックする。さすがに全部は食べきれないので、気になったものをまず先に回ることにした。
「芽生ちゃんは、何が好きなの?」
「え、私ですか? うーん、美味しいものは何でも好きですけど、意外と粉もの系好きです。お好み焼きとか、たこ焼きとか」
二人はそんな話をしながら、お目当ての屋台を次々に回っていった。
「御剣社長、食休みにはコロッケ! 絶対このコロッケ美味しいと思います!」
「よく食べるね、芽生ちゃん」
「あ……ごめんなさい。ついつい嬉しくて。私、こういうところ来ることほとんどなくて浮かれちゃいました」
それに陽は芽生の頭を撫でた。温かいお茶を飲みながら、芽生はコロッケを一口食べる。クリームが入っていて、濃厚なコーンの味がぎっしり詰まっており、シャクシャクと口の中で甘みが広がる。
「いいんだよ、芽生ちゃんの喜ぶ顔が見たかったから来たんだから。俺にも一口ちょうだい?」
陽は芽生の手を掴んで、コロッケを口にした。美味しい、とびっくりした顔をする。芽生はその陽の素の笑顔に、思わず心が和らいだ。
「ところで芽生ちゃん、この間の結婚の話だけど」
それに芽生はお茶を詰まらせてむせた。一通りおさまってから、涙目で陽を見ると、真剣な顔をしていた。
「やだ、御剣社長。冗談ですよ。開業資金を負担してくれる人がいたら結婚するなんて、そんなのダメに決まっています」
「どうして?」
「どうしてって……そんなのを理由に結婚するわけにはいかないじゃないですか。好きな人とずっと一緒にいたいから結婚するわけで」
「好きな人とずっと一緒にいたいから、その人が困っていることに手を差し伸べちゃダメなの?」
それは違いますけど、と芽生はコロッケを口にほおばった。コーンの甘みを充分に堪能してから、口の中に押し込む。
「でももしその理屈だったら、御剣社長が私のこと好きっていう、ありえない前提があります」
「ありえなくないよ。俺、本気だよ、芽生ちゃん」
陽の手が伸びてきて、芽生の頬に触れた。じっと覗き込まれて、芽生は陽の目を逆にまじまじと覗き込んでしまった。
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