限界

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  「はい、どなた?」 (郁子さん、こんな声だったか?) 最後に聞いた時はまるで……(猫なで声のような)そう感じたことを思い出した。今聞こえたのは尖っているような声だ。 「蓮司です。ご無沙汰してます」 「あら……お兄様」  とたんに声が変わる。 「蓮司さま!」 「蓮司、来てくれたの?」 (起きてるじゃないか! その真ん前で言い争いしてるのか?) 「母がいつもお世話になっています。なかなか行く機会が無くて申し訳ないです」 「いえ。お世話するのは私の務めですから。今日も静かにお過ごしいただくのにいい機会だからお1人にして差し上げたいのに、この人が言うことを聞かなくて」  母の顔を見た。どこか諦めたような顔だ。反対に利恵は断固として従うつもりは無いという顔をしている。 「利恵さん、ありがとう。いつも助かるよ。郁子さん、利恵さんは俺や諒が小さい時から家の面倒を見てくれている人なんです。だから」 「存じています。ですが、改めて雇用したのは主人です。なぜ私にはこんな態度を取るのか理解できません」  蓮としてはどこまで口を出していいのか分からない。感情任せでものを言っても後で困るのは母であり、利恵だ。 「蓮司さま、気になさらないでください。どう言われようとここを離れませんから。私がこの仕事に戻ったのは奥さまを楽にして差し上げるためです。若奥さま。旦那様にどうぞ確認してください」 「あら、そう言えば主人は今頃お兄様の出している食堂に伺っているはずですけれど。すれ違いでしょうか」  蓮の顔色が変わった。 「郁子さん。まさか諒は母さんの入院を利用したんじゃないだろうな?」  蓮の爆発しそうな怒りを感じて、さすがに郁子も黙ってしまった。 「そういうことか。母さん、悪い。また電話するよ。検査の結果は必ず聞かせてくれ」  ジャケットから手帳を取り出す。さらっと書いたものを破って利恵に渡した。 「利恵さん、これ俺の電話番号。どんな小さなことでもいい、なにかあったら連絡くれ。夜中でもなんでも構わない」  母が起き上がろうとするのを蓮は止めた。 「ごめん、本当に」 「諒となにかあったのね?」 「母さんは心配しなくていいんだよ。俺も諒ももう大人なんだから」  
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