放課後の憂鬱

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放課後の憂鬱

 人の気配が消えた廊下に規則正しく西日が照りつけて、細いフレームの眼鏡に反射する。  眩しさに目を細めた図書委員長の皆森 修司(みなもり しゅうじ)は、顔半分が隠れるほどの段ボール箱を抱えて閉館後の図書室へと足を早めた。  半袖シャツから伸びた腕に食い込む箱の中身は寄贈書で、この学校付近の地域に関する郷土史がほとんどらしい。  そんなものを置いたところでいったい誰が読むというのだろう。壁一面に落書きの跡が浮かび上がる廊下を横目に、皆森は一人冷笑した。  ほどなくして皆森は図書室の前で足を止めた。ドアについている小窓から見える室内は先ほど消灯したため薄暗い。  箱を抱えながら引き戸の取っ手に手を伸ばそうとすると、中から物音がして皆森はビクリと背筋を反らせた。  ガタガタと椅子や机を動かすような音と、密やかな話し声。小窓から覗き見るも、見渡せる範囲に人の影はない。  すぐに終わるであろう頼まれごととはいえ、皆森は委員会の仕事を終えたあと鍵を掛けずに職員室へと向かってしまったことを後悔した。  この高校に通って三年目。治安の悪さはわかりきっていたのだが、ものの十数分ほどの隙に誰かが侵入するなんて思いもよらなかった。  段ボールを足元に置きながら皆森がついた溜息を嘲笑うように、楽しげな男女の笑い声が漏れてくる。こんなことをするのはアイツのような女好きのヤンキーだろう。  同じクラスになって早々に目をつけられて約二ヶ月。なにが楽しいのかわからないが、毎日のように絡まれ続けている。  つい今朝も、教室で顔を合わせるや否や「おはよー童貞メガネくん、昨日は何オカズにして抜いたの?」と小馬鹿にしてきたあの男――  苛立ちにまかせ、皆森は心臓の音を掻き消すようにわざと思い切り引き戸を引いた。  ガララッと立て付けの悪い音に重なって、大げさな悲鳴が二人ぶん響く。 「っわ、やべっ!」 「キャっ、なに?」  竦む足取りで一歩中へと踏み出して見渡すと、部屋の奥にある閲覧テーブルに人の影があった。  本棚の陰からおそるおそる覗き込むと、テーブルの上に座っていた女子生徒が床にあった通学カバンをひったくってこちらへと走ってくる。  思わず身構えると、彼女はホームを通過する快速列車の如く走り去った。肩口が触れ合いそうな瞬間、耳を疑うほどドスのきいた声で「チクったら殺す」と呟いたのを皆森は聞き逃さなかった。  可愛らしい女子生徒の変貌ぶりに身震いしながら立ち尽くしていると、薄暗い部屋の隅から男子生徒がゆっくりと皆森の方へ向かってきた。オレンジイエローの無造作ヘアを掻きむしりながら足元にずり落ちた制服のズボンを片足で引きずっている。  釣り上がった三白眼を訝しげに細めたのは、クラスの特に問題児である滝野川 玲音(たきのがわ れおん)。皆森の予感は当たっていた。
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