体育祭

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放送が入る。参加者は位置についてくださいと言う指示の通り、深山や神宮寺たちと別れてアンカーの位置に待機すると── (ん?) 観客用テントの裏あたり、日陰になる部分で、意外な二人が話し込んでいるのが見えた。 (皇、と──つぐみちゃん?) 他の名家たちと違い、明宮家は昔から皇家に属することなく中立を貫いている。皇家との仲も、良いとは言えずずっと微妙な関係を保っていたはずだが── その当主たる人間の妻と、皇家次期当主が何の話を? 首を傾げていると、真剣な表情で何やら話していた二人がこちらに気づく。つぐみちゃんは穏やかに、皇はあくまでイヤイヤと言ったふうに手を振ってきた。 「あはは、やほやほ〜」 まぁ、考えすぎも良くないか。 笑って手を振り返す。と。 ドンっ! 「のわーっ!」 「アハハッ、のわーっだって!」 こ、この声は…… 後ろを向くと、あどけなさの目立つ顔立ちをした──アイドルがいた。 エクステをつけているわけではないらしく、ショートのまま女の子の格好をしているらしい。ロングスカートにもフリフリがついていて、ボーイッシュながら溢れ出る女の子! という雰囲気が女装感を打ち消していた。 めちゃくちゃ可愛い。めちゃくちゃ似合ってる。 でも、二年テントにもう一人同じ顔がいるのが目立つんだよなぁ〜ッ! 「鈴野……後ろから飛びついたら危ないぞ?」 「……律くん、この可愛いとーまくんになんかないわけ?」 「あ、お前冬馬か」 「ねぇ〜っ!」 鈴野双子。確か会計の三井が担当していたんだっけか。いやそんなこと言ってもお前ら似過ぎてて見分けつかねんだもん…… ぷんぷんとふぐみたいに膨らむ冬馬のほっぺをぷすっとついて空気を抜いてみる。ぷひょーっと空気の抜ける真似をしてくれる後輩が可愛くて、笑って頭を撫でた。 「まぁ、こういうのに乗るのって冬馬くらいか。悪い悪い、からかいすぎたな」 鈴野双子の弟……兄……? まぁいっか。もう片方の風馬は、地味に男らしい存在に憧れている。こないだ部屋掃除した時に風馬の部屋から『魅惑のマッスルボディの作り方』とかいう雑誌がどさどさと出てきたし。 あとアイツ、素の口調めちゃくちゃ男らしいしな。やっぱ女装はしないよなぁ〜 何はともあれ、お姫様のご機嫌を取らないと。 「可愛いよ、冬馬。このワッペン、付けてたんだ?」 「り、律くん……」 昔──鈴野双子を見分けるのを諦めてなかった頃、お前ら見分けつかないからこれ付けろと渡した雪だるまのワッペン(“冬”馬なので)がスカートについているのを見て、つ……と人差し指で撫でて見せる。 渡した時はめちゃくちゃキレられたから、捨てられたと思ってた。 「そ、そりゃ。律くんに貰ったものだしっ? ね、ね、律くん。ボク、偉いっ? 可愛いっ?」 冬馬が俺の胸元──腕を掴もうにも布がなかったらしい。マジでドンキのコスプレに見えてきたぞ──をキュッと掴み、頼りなさげに覗き込んでくる。 必死な冬馬の後頭部を撫でて、至近距離のまま微笑んで褒めてやった。後輩を褒めるのは大事だもんな。 「──最高に可愛いよ、冬馬。偉いなぁ」 「はぅんっ──」 ふらり。 目の前の冬馬の体が傾いで──急いで背中を支えてこちらに引けば、そのままぽすんと胸元に倒れ込んでくる。 エッ……?? 「ちょっ……冬馬ーーーーーッ!? どうした!?!?」 「何で今のでどうしたって言えるのかすっごく不思議だなぁ!」 「有栖川ちゃん! 大変だ、冬馬が! てか走り終わったのか!?」 「終わったよ、一位! てか今のは律くんが悪いでしょ! 無自覚!? 無自覚なの!?」 走り終わったらしい朱音ちゃんと有栖川ちゃんが駆け寄ってくる。楽園に一瞬発狂しかけたものの、腕の中の可愛い後輩が心配だ。熱中症でも起きたのか!? 助けを求めるとしかし胸倉を掴まれてガクガク揺さぶられた。 やめてやめて色んなものが出ちゃうから。胃の中のものも出るしドンキのやっすいやつだから破れて胸元も出ちゃう。スカートで半裸の変態になっちゃうから。 「冬馬はね、こう見えて純情なの! 律くんの口説きはたまに破壊力出るんだから気を付けてよね!」 「朱音にとってはお兄ちゃんはいっつもかっこいいよ?」 「朱音ちゃん以外にはたまにキモいってことかそれ、いやというかそうだとしても俺今美少女戦士なんだけど」 「それは冬馬が異常だね! ごめんね律くん!」 「有栖川ちゃんが謝った……!?」 確かに。 何でか知らんが、この学校の生徒会長だからか俺に対してカリスマを見出す生徒は一定数いる。まぁあの異常人物(ドM)を見て貰えば分かるけどな。 だからもちろん俺も、普段はある程度振る舞いに気をつけているが──美少女戦士やってる時にまでそれが適応されるとは思わなんだ。 有栖川ちゃんもそれはそっかみたいに納得し、出番の迫る冬馬を叩き起こす。 「冬馬! ほら起きて! 出番無くなるよ!!」 「ハッ──今すごく良い夢を見てた気がする──」 「良かったね! それでもセンパイなの!? これ以上情けないことしたらあとでぶん殴るからね!」 「寝起き早々なんで脅してくるわけ!? が、頑張ります……」 はい頑張って! と有栖川ちゃんがサクサク事態を収め、颯爽と物言いたげな朱音ちゃんを連れて戻って行く。あの子風紀委員長にめちゃくちゃ向いてるな…… ──脅された隣の冬馬が、隣でガタガタ震えているのは見ないふりしたほうがいいやつなんだろうなぁ── 今日も学園は平和です。多分
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