19時37分

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19時37分

扉が数回叩かれ、富田はベッドから降りた。覗き穴の向こうにはスキンヘッドの男が立っている。鍵を開けてやると、永島は2つのボストンバッグを肩から提げて部屋の中に入った。 「大丈夫だったか、放火ってまずいでしょ。」 「ミヨ婆も優姫も無事だ。さぁ、明日のことについて話そう。」 荷物を置き、移動させたテーブルを挟んだ5人は各々コンビニで購入した弁当の蓋を開けた。 「儀式が行われるのは23時、場所はあの駐車場だ。俺たちはその時間には裏口に回っておこう。鍵は明日の朝早くに俺がピッキングしておく。」 割り箸を指し、中央に広げられた地図を示す。メゾン松本サザンベールの敷地内に描かれた駐車場は細い路地から簡単に裏口へ回ることができる。永島は甘辛いタレに浸った豚肉をつまんで言った。 「さっきぐるっとマンションの周りを見てきたけど、敷地の四隅に呪符が貼られていた。可能性の話だが、もし首姫様の儀式の生贄が霊になってしまった場合に、思念を漏らさないようにしているんだと思う。」 「それでもシゲに干渉したってことは、泉の霊は余程強いんだな。」 出汁ぽん酢をかけ、濡れた衣をつまんで口に運ぶ遠藤は言う。黒ごまをまぶした白飯をかき込んで心地いい咀嚼音が響いた。 「私は廉花ちゃんの霊を鎮める事に専念するわ。あら、これおいしいわね。」 「随分国柄の強い弁当ですね。」 ミヨ婆はスパイスの効いたピラフをスプーンで掬い上げた。辛味の風味が漂う。中央に乗ったタンドリーチキンを割ると、鳥の肉汁がピラフに染み込んでいった。 「私意外とこういう弁当好きかもしれない。優姫、今度またこれ買ってきてちょうだい。」 「これじゃ数日で飽きますよ。あの、もし儀式を邪魔する時に住民たち全員が襲いかかってきたらどうしますか。」 ササミのフライを箸で割り、濡れた海苔で包む優姫はどこか不安そうな表情で言った。海苔の下に閉じ込められた鰹節の風味が強く香る。 「その時はシゲも参戦するよ。まぁ喧嘩できるかは分からないけど。」 塩ダレのかかった豚肉を頬張っていた富田は思わずむせてしまった。 「俺体育の成績めちゃくちゃ悪いぞ。」 「スポーツじゃないから大丈夫だよ。ただ殴ればいい。」 粒立った麦飯をかき込むと、より食感を楽しめた。遠藤は唐揚げの下に隠れたパスタを啜ってから続ける。 「どっちみち12時を過ぎてから小貫神社に向かうんじゃ間に合わない。そのために友哉が先回りしておくんだ。」 「もし連中がこっちに来ても大丈夫。撃退はできるよ。」 豚肉の上に唐辛子マヨネーズをかけた永島は、タートルネックの首元を押さえながら豚肉を口に運んだ。緑茶の入ったペットボトルの外側には水滴が付いており、喉を鳴らして流し込んでいく。 「そうだ、泰介。これ無線ね。」 一息ついて足元に置いたボストンバッグの中から黒い機械を取り出す。一口で2つも唐揚げを口に詰め込んだ遠藤は口元を拭ってそれを受け取った。塩ダレに濡れた麦飯を勢い良くかき込んでから富田は言う。 「永島、あとは頼んでおいたカメラ。」 「ああそうだ。とりあえずビデオカメラを1台とゴープロな。」 ジューシーな肉汁が口の中に染みる。跳ね返すような麦飯を噛んで、富田はカメラを受け取った。掌から少しはみ出るビデオカメラと指3本ほどしかない小型カメラ。 「俺も含めて皆の顔にはモザイク加工をしておく。映像はうちの会社のTwitterで使わせてもらうから。」 「あら、それなら可愛い着物がいいわね。優姫。明日着物店に行きましょう。」 いつの間にかタンドリーチキンを平らげたミヨ婆は笑みを浮かべて言う。 「じゃあ僕は新しいメイド服がいいです。」 「おいおい、除霊にオシャレって必要あるのか。」 5人は非情な首姫様の儀式から話題を逸らして、談笑を続けた。それでもどこか一抹の恐怖が拭えなかった富田は、誰よりも声を大きくして笑った。
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