光の道標

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 亘輝を家に送り届け、三人は慧の部屋へ戻ってくる。  オウルがすぐさまキッチンに向かい、コーヒーの準備を始める。慧と蛍はリビングのソファに腰掛けた。 「それにしても……大変な一日でしたね」 「ほんとだね。でも……予想はしてた」 「え? 慧さんは、亘輝君がこうなるってわかってたんですか?」  動物園で亘輝がおかしくなった件、あれで解決ではないとは思っていたが、こんなに大変なことになるとは蛍は想像もしていなかった。  慧は凝りをほぐすように首を回し、吐息する。そして瞳を閉じた。 「亘輝を見た時、結構溜めてるなと思ったんだよ。そうしたら、いきなりあのクソガキ……いや、同級生が登場したことで悪化した。あの時に噴出してもおかしくなかったんだけど、フクちゃんがすぐに吸収したものだから、本能的に危険を察知して、それを抑えたんだろうね」 「亘輝君がオウルを危険だと思ったんですか?」 「澱みによって操られた亘輝が、ね。操られているわけだから、亘輝の本当の人格じゃないんだけど」  そういえば、澱みに覆われている亘輝は、目が虚ろで何かに憑りつかれているように見えた。これが「操られている」という状態だったのだろう。  あの時の亘輝は怖かった。人としての心を失ってしまったかのような無の表情が今も忘れられない。亘輝がまた無邪気な少年に戻れて、本当によかったと思う。 「私たち、亘輝君を……助けられたんですよね」  ポツリと呟くと、慧がそっと蛍の手を握る。そして恋人同士のように指を絡めた。 「、僕たちの武器になりそうだね」  そう言って魅惑的な微笑みで見つめてくる慧に、蛍は咄嗟に距離を取ろうとしたが、グイと手を引かれ、その距離はますます近くなった。 「慧さんっ……」 「僕たちが力を合わせれば、人のインフェクト化を止めることができる」 「……」  微笑んでいるのに、その目力といったらない。あまりの強さに引き込まれそうになる。 「問題は、インフェクト化しそうな澱みを溜めた人間をどう見つけるか。澱みを溜めた人間なんてそこら中にいる。彼ら全てをどうこうすることはできないけど、亘輝みたいな、あと一歩で噴出してしまいそうな人間……。オリジンたちはどうやって見つけているんだろうね」  先回りして見つけ、今日のように澱みを取り除くことができれば。  人のインフェクト化を防げれば、インフェクトの餌食となる人間を減らすことができる。理不尽な死で苦しむ人間をも減らせるのだ。  蛍は絡められた指にきゅっと力を込める。 「七桜たちがどうやってそういった人間を見つけているのかはわかりませんが……。私たちは、もう少し積極的に闇に向かってもいいかもしれません」 「蛍ちゃん……」  これまでは受け身だった。事件が起こってからの対応だ。そうでなければインフェクトの存在を確認することができなかったから。インフェクトの排除はこれまでのようにするしかない。だが、その前段階なら。 「ダークウェブとか闇バイトとか、そういった闇に集まってくる人たちの中で、特に危なそうな人をマークするとか……いろいろやりようがあると思います。そういうのは、慧さんの得意分野なんですよね?」  闇バイトはともかく、ダークウェブというのは普通の人間では辿り着けない。だが知識に明るいものならアクセスは可能なはずだ。そして慧はその知識に明るい。  慧は困ったように笑い、蛍の肩を抱き寄せる。 「僕のヒーラーは、意外と好戦的だなぁ」 「……だって、戦える武器を手に入れたんです。活用しなきゃ勿体ない」  慧の指にも力が込められる。それが慧の返事だ。  蛍は慧をそっと見上げ、笑う。 「人のインフェクト化を止められる、これは、希望の光だと思います」 「うん、そうだね」  圧倒的に不利な戦いを強いられている蛍たちに示された、一つの道標。この一筋の光を、絶対に失ってはいけない。 「でも、僕にとっては蛍ちゃんが希望の光だよ」 「……っ」  耳元で囁かれ、蛍の頬が一気に赤く染まる。しかしその時──。  グサッ。 「うぎゃあああああっ!!」  オウルが鋭い爪を立て、慧の頭上にとまっていた。そして、間髪入れずに嘴でドスッとつつく。連続攻撃である。 「オウル!」 「まったく、油断も隙もありません!」 「フクちゃん! 言っておくけど、僕はマスターだからね! マスターになんてことするんだよっ!!」  ツーン、とオウルはそっぽを向く。オウルは蛍の左肩に飛び移り、頭をすり寄せてきた。 「蛍は私の希望の光です! その光を私は護るのです!」 「……ありがとうございます、オウル。私だって、オウルと慧さんが光なんですよ。私も二人を護りたい」  その時、攻撃された頭を押さえて蹲っていた慧が涙目で起き上がり、強引に蛍を抱き寄せる。オウルがまた攻撃をしかけようとするが、慧はオウルの額を優しく撫でた。それに驚いたのか、オウルの動きがピタリと止まる。 「慧……?」  蛍とオウルに笑みを向け、慧は言った。 「僕は、本当に幸せなマスターだね」  蛍の胸がジンと熱くなる。また絆が深くなった気がした。いや、気のせいではない。深くなったのだと信じたい。  この三人、いや、翔平も入れると四人、どんなに暗い闇に放り込まれても平気だと思った。どんな状況でも必ず光を見つけることができる、そう思えた。 「私も、幸せなヒーラーです」 「私も幸せな護りですね」  そう言って、三人はクスリと微笑みあうのだった。 ■光の道標 了
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