第十五歌 裏切りの言葉

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 魔族の手から放たれた漆黒の炎を、再びヴァゴロの輝く大剣が凌いだ。  二つの力がぶつかり合った衝撃で辺りの空気が震える。  魔族が眉を寄せた。  想定外だと表情が語っている。  じっと、ヴァゴロを見つめている。 『術は、その剣で凌ぐか――だが。我の爪は、そうはいくまい』  抵抗してはならないと、魔族に対して、精霊は誓わされている。  もし――物理的な攻撃……爪や、牙で直接身を傷つけられたら……  ヴァゴロは、抵抗することができない。  クヴァイトは、とっさに魔族の意図を悟る。 『卑怯な』  ヴァンダルが身を震わせて言う。  ふふっと、笑いながら、魔族が歩を進める。  尖った黒い爪をヴァゴロへ向けて差しだす。 『もう、その身に力は残っておらぬのであろう――スイカズラの冠の君よ』  嬲るように、魔族が言う。 『精霊族を引き裂くのは、存外楽しいと知っていたか? 悲鳴が秀逸なのだよ』  剣の構えを保持したまま、近づく魔族をヴァゴロは冷静に見つめていた。  こんなところで、ヴァゴロを魔族の手で滅ぼされる訳にはいかない。  クヴァイトは、身の内の力を必死に探し続ける。 『お待ちください』  その瞬間、澄んだ声が響いた。  はっと、クヴァイトは声の主に顔を向けた。  それは――寝床に身を起こした、ザラだった。  なぜ。  ザラ殿が?  と、思う前に、彼女はすっと立ち上がり、裸足のまま、ゆっくりと魔族の方へと歩いてくる。 『その精霊を引き裂く前に……この人族を、どうか喰らって下さい。魔界の侯爵殿』  何を言っているんだ、ザラ殿!  と、クヴァイトは叫びたかった。だが舌が動かない。  微笑みすら浮かべて歩いてくるザラの顔を見て、クヴァイトは驚きとともに、目を開いた。  ザラの姿をしていたが、瞳の色が全く違う。  灰色だった眼は、深い紫になっている。  それは――彼女が使役する紫水晶の精霊、キライリアのものだった。
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