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肌を刺すような冷気が威勢を振るう真夜中。
女は橋の欄干に身体を持ち上げる。
一足分の幅もないその欄干で、女は川の景色を眺める様に立った。
この川は大して深くない。落ちれば川底に叩きつけられひとたまりもないだろう。
だが、その女は不安定な足場に立っているとは露とも感じさせず、まるでその先に道でもあるかのように、川の方へと歩き出した。
「お姉さん、落とし物ですよ」
男が声をかけ、女は振り返る。
女が先程まで立っていた場所に男がいた。
男は欄干から少し身を乗り出しながら、空中を歩く女を見つめ、手に掴んでいるモノを少しだけ動かした。
女は蔑むような視線でそのモノを見て、男に視線を戻して告げる。
「落としたんじゃなくて、捨てたのよ」
「……じゃ、俺がもらっても?」
「構わないわ。まぁ、そんな使えない身体、役に立つとは思えないけど」
「いやいや。何だろうと、使い道はありますよ」
男は腕に力を込め、掴んでいたモノを……女が先程まで使っていた身体を……橋の上へと引き上げた。
そして、サーチガンで顔と指紋をまず読み取り、今度は頭から足先までをスキャンする。
「前科も無いし、大きな疾患も無い。キレイな身体じゃないですか。これならバラす手間もなく、高値が付きますよ」
男は検索結果に無邪気な笑顔を浮かべ、まだそこにいる、空中に浮かび、透けた身体で自分を眺めていた女に笑いかけた。
「ちなみに、貴女は次の身体の当てはあるんですか?」
「ええ。あるわ」
「どんな身体か訊いても?」
男の問いに女は、ふふっと笑みをこぼす。
「私の愛しい人を奪った泥棒女の身体よ。実はね、その身体も元の持ち主は私の愛しい人を奪ったの。私から愛しい人を奪ったんだから、身体を奪われたって、仕方がないわよね?」
女の言葉に、男は先ほどと変わらぬ無邪気な笑顔を返し、ある事に気がついて質問した。
「もしかして、以前にも何回か、ここで身体を捨ててます?」
男の質問に女は言葉では答えなかった。
ただ、既に微笑んでいたその表情は、更に笑みを深めて妖艶な笑みを広げる。
男は意気揚々と自分の鞄から名刺を取出した。
その名刺の端を軽く弾くと、青白い輝きを放つ電子データが蝶を象って女の元に飛んでいく。
「もし、また身体を捨てる事があったら、そこに連絡くれませんか?引取らせていただくんで」
「……考えておくわ」
女は蝶を連れて宙を歩き出し、男も女の身体を担いで、元来た道を戻り始めた。
(了)
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