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「二条君、二条君聞いてるかい?」
「あ、すみません」
部長の声にすぐに反応ができなかった。
「最近元気なさそうだけど大丈夫か?」
さすがに3週間目を迎えると気持ちが滅入ってしまう。
寝る時は優しく抱きしめてくれるし、私がキスをすると受け入れてくれる。だがキスを返してはくれない。
八重樫君はここ最近会社を早く上がっても帰ってくるのは遅い。
日曜日は朝からどこかに出掛けている。
一人で住む為の新居を探しているのか、それとも他に好きな人ができたのか。
ほのかにではあるが、たまにフローラルな匂いをつけて帰ってくる事がある。
でもなにも聞けない。
八重樫君なら浮気はしないと思える。でも他に好きな人ができたとしたら、八重樫君の気持ちを聞いてしまったら、私は八重樫君を解放してあげなければならない。
だからもう少しだけ、心の準備をする時間をください。
「大丈夫です」
私は部長に返事をした。
「そう言えば、歓迎会の時の約束守れてなかったな。今日、飯でもどうかな?」
「いえ、気にしないでください。それに先日ご馳走してくれたじゃないですか」
「あれは怪我のお詫びだ。あぁ、柊君も呼んで3人でどうかな?」
そう言うと部長はたまたま打ち合わせ場所を通り過ぎる営業職のサバサバ系お姉さんの柊さんを引き止めた。
「柊君、今日夜予定ある? 二条さんと3人で夕食でもどうかな?」
「奢りならいいですよ」
「もちろんだ。な、二条君も行こう」
「でも……」
「二条さん行かないんですか?」
「二条君、最近疲れてるみたいで、栄養あるものをと思って誘ったんだけど、さすがにおじさんと2人きりは嫌だったみたいで」
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあ二条さんも行きましょう。気分転換にもなるかもよ。私オススメのビストロがあるんです」
私は渋々承諾し、八重樫君に連絡を入れて食事に行った。
柊さんは私の噂のことを気にかけてくれていた。私に声をかけようと思ったことは何度かあったようだが、柊さんが表に立てば更に反感を買う可能性もあるため何もできずにいたらしい。
愚痴を聞くことならできるからと言ってくれた。
私は大丈夫ですと伝えて、社内に私のことを気にしてくれる人が2人もいることに感謝した。
部長と柊さんは意気投合し、2軒目と消えていった。
私が帰り道を1人で歩いていると改札口付近に見たことのある人影が目に映った。
「蓮。どうしてここに?」
「一応、迎えにきた」
「ありがとう」
「部長は?」
「柊さんと2軒目に行ったよ。何か2人良い感じだった」
「そっ」
一瞬私は喜んでしまったが、八重樫君はそれ以上何も言わず、改札の中に入って行った。
私は八重樫君を追いかけて電車に乗り、無言のまま、最寄り駅で降りた。
家まであともう少しの所で私は我慢の限界に達した。
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