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本堂に戻ると、先生は住職に蛇骨智也について慎重に聞き出そうとしていました。
帰省していれば、ここに自然と情報が集まるはずだからです。
「長老はお元気ですか?」
「先生が帰った後に急死されました」
「そうだったんですか。お元気そうだったのに」
「年齢からいって老衰です。布団の中で眠るように亡くなっていました」
最期を看取るのも住職の仕事です。
こちらはアカダルマの呪いとは関係なさそうでした。
「ここから東京に出て行く若者も多いと思いですよね。最近は誰か帰っていませんか?」
「いや、最近帰ってきたのは、男乕家の息子ぐらいですかね。東京で亡くなってしまって、納骨を済ませたところですね」
住職は、男乕均の話を始めました。
「実は、彼女が男乕均さんが亡くなった時に近くで目撃していました」
先生は私のことを説明しました。
「何という偶然。これも御仏様のお導きでしょう」
お導きなんかじゃない。来るべくして来ている私なのに、純粋に信じている住職に申し訳なくなりました。
「男乕均さんは、亡くなる前に帰省していませんでしたか?」
「それが何か?」
「亡くなる前に、ここに来たと思うんですが、どうでしたか?」
「……」
住職は黙っていました。それを先生は肯定ととらえました。
「来られていたんですね。いえ、御立場上、話せないことはおありですから、これから先は私が勝手に想像したことです」
先生は前置きすると、自分の推測を述べました。
「蛇骨智也さんという方もこの村出身ですね。二人は年齢が近く、ここで中学卒業まで共に育ったと思います。二人は、中学校を卒業すると、高校に通うためにこの村を出た。少ない人数だ。それからも帰省するたびに交流を続けていたと思います。二人の間になんらかのトラブルが起きて、男乕均さんは激しく蛇骨智也さんを恨んだ」
「そのような話は聞いたことがない」
「当事者同士しか知らない話だったんでしょう。男乕均さんが蛇骨智也さんを憎んでいたことは、彼女の証言ではっきりしています。彼は自殺する前に蛇骨智也さんに向かってなんて言ったか、話してくれ」
先生に言われて、私は証言しました。
「男乕均さんは、自分の首にナイフを当てて、『これからアカダルマの呪いをお前に掛ける』と言い残すと、ためらうことなく手を動かして首を切りました」
「……」
住職の顔が青ざめました。
「これがどういう意味を持つか、住職ならご存知ですよね」
「ああ。アカダルマの呪いを相手に掛ける呪詛だ」
呪詛は、悪意を持って相手の不幸を願う行動です。
「はっきり聞きます。アカダルマの呪いから逃れるには、呪い殺された人の肝を食べることだと前にお聞きしましたが、それ以外にありませんか?」
「ない……。その方法も、昔の人がいろいろ試した結果でたどり着いた最終手段。現代では許されない行為となったために、呪われた人は死ぬしかなかった。こちらの薬師如来様は、アカダルマの呪いからなんとか逃れようと迎え入れた。今では神仏にすがることが支え。アカダルマの呪いで亡くなったとしても、安寧の心で極楽浄土にいかれるよう、朝晩念仏を唱えさせていただいています」
「そうですか……」
先生はとても気落ちしていました。
「呪いが広まらないように、私が毎日お勤めさせてもらっている。安心しなさい」
住職は自信満々に構えていました。
ここで出来ることは、亡くなった後のこと。
死なずに済む方法は見つかっていなかったのです。
最後の望みを絶たれた気がしました。
アカダルマの呪いは、本当に存在していた。
ここに来るまでは、血晶石が盗まれないよう村が作った話だといいのにと期待した部分もありましたが、住職によって完璧に否定されてしまいました。
尚美はアカダルマの呪いで死んだ。
私もいずれ死ぬでしょう。
助かるためには、アカダルマの呪いで亡くなった人の肝を食べて呪い返しするしかないのです。
せめて、先生には私から呪いを移さないようにしようと思いました。
「しかし、実際に男乕均さんは、アカダルマの呪いを持ち出して渋谷で広めました。彼がどこで自分に呪いを掛けたか、住職は分かっているんじゃないですか?」
ウームと住職は唸っていました。
「血晶石に触ったとしか考えられないが、知らぬ間にここへきていたんだろうか」
記憶をたどっているようでしたが、思い当たることはなかったようでした。
「男乕均さんと蛇骨智也さんの家に行ってみたいのですが」
「それなら、電話しておきましょう」
「お手数をお掛けします」
私と先生は、寺から男乕均さんの実家に移動しました。
男乕均さんの家ではご両親と祖父母、後継ぎの長男とその奥さん、赤ちゃんがいました。
遺影は高校の制服姿でした。
真面目にカメラを見つめる様子から、卒業名簿の写真か履歴書用を転用したように思いました。
「均さんはいつ最後の帰省をしましたか?」
「お盆に帰ってきたのが最後だ。こんなことになってしまって、もっとあいつと話すべきだったのかもしれない」
お父さんは嘆いていました。
「蛇骨智也さんとのことで悩んでいましたか?」
「それは……気付かなかったなあ」
台所にいたお母さんにも聞いてくれました。
「二人の仲はどうだった?」
「特に聞いたことはないけど」
恨む理由に家族の心当たりはなかったようです。
そうなると、上京してから何かがあったと考えるのが自然でしょう。
「最後の帰省はいつでしたか?」
「秋祭りの時だったな。突然戻ってきて、一週間滞在した」
「その間、何をしていましたか?」
「田んぼの収穫を手伝ってくれて、夜は部屋にいた。特に変なことはなかった。いつもと変りなくて……」
お父さんは、悲しみがこみ上げてきたようで、涙ぐみました。
不慮の死からそんなに経っていないのです。私たちの訪問で思い出させてしまい、悪いことをしました。
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